165話・異界風での宴1
俺たちがBAR異界風へと着いた頃、日は沈みかけていた。
旧王都の貴族街は茜色に包まれ、石畳の街路には長い影が伸びる。
「こんなところに異世界風料理の店があったなんてなッ」
「アンナには無縁の場所でしょう。実験動物を食べちゃう人には!」
「わたしは命は粗末にしないッ!」
「それはそうと、俺と知里さん以外だと、この店には誰も来たことないんじゃないのか」
「お小夜は?」
「こないだ店主さんには会ったけど。わたしあまり外食はしないから」
「ワタシもダ……」
店の入り口に立てかけてある黒板には「本日貸し切り」の文字が記されている。
木戸を開けて中に入ると、真っ先に出迎えてくれたのは店主のワドァベルトだった。
「お帰りなしゃいませ~! 直行しゃま~! この度はご結婚おめでとうごじゃいましゅ~」
「お、おう……」
「エルマ奥様から伺いましたよ~。ロンレア領を直轄統治なさるって。今後はこれまで以上に農作物を増産させるとか。いや~! さすがでしゅ~」
「エルマの奴、ペラペラと喋りやがって……」
俺は奥のテーブル席でタピオカミルクティーをすすっているエルマを睨んだ。
彼女は悪びれもせずにニヤリと笑い、ピースサインをする。
「まったく気が早いよ。まずはディンドラッド商会に話を通さないと」
「はい。ご主人様。後日フィンフ氏との打ち合わせの日取りを決めますので、ご都合を教えてください」
いつの間にかレモリーが俺の隣にいて、秘書のような口ぶりで段取りを決めている。
「直行くん。こういう状況だと、わたしから有力貴族に紹介状を書く話は、止めにしてもいいかな?」
「だよなー。本当は仕入先が複数あるといいけど、貴族の利権とかありそうだし。小夜子さんを変に巻き込むのはよくないよな」
「お気遣いありがとう」
「小夜子さんには、改めて話したいことがある。あとで時間をつくって欲しんだ」
「OK」
「いいえ。直行さま。どのようなご用件か仰っていただかないと小夜子さまもお困りです」
レモリーはすごい剣幕で俺たちの間に割って入った。
重い。そして少し怖い。
「炊き出しを事業化しようと思うんだ。小夜子さん自らが回さなくてもいいように。それと下町で雇用を生み出したい」
「えっ? 事業化ってお金取るの? それはダメよ」
「いや、炊き出しはもちろん無償だよ。そうじゃなくて、関わる人たちに給料を出すの」
小夜子が目を白黒させている。
いい機会なので、俺はザックリとした事業計画を話してみることにした。
「これから俺とエルマは、ロンレア領を直接統治する。まずは現地に行って測量したり、農地を改良したり。ビニールハウスもつくろう。とにかく農産物の生産力を跳ね上げる」
「はい。まずは皆で視察に行く必要がありますね」
「チマチマ農業なんて時間の無駄ですわ♪ せっかく錬金術師さんとお知り合いになれたのだし、ここは秘薬ビジネスで一攫千金……」
「却下だ。まずは地道なことをコツコツやろう」
「直行。話の腰折って悪いんだけど、とりあえず席について乾杯しない?」
知里の言うことはもっともだ。
俺たちがそれぞれ椅子に座ろうとすると、小夜子はテーブルを丸く並べだしていた。
「せっかく貸し切りなんだし、円卓つくっちゃおうよ。いい? マスター?」
「もちろんでしゅ~」
「よし手伝おう。ボンゴロ、そっち持ってくれ」
店主も了承したことだし、俺たちも円卓づくりに協力する。
こうして〝異界風〟のテーブル席は、円卓へと姿を変えた。
「みんなー! 手伝ってくれて、ありがとうー!」
小夜子は朗らかな笑顔で、一人一人とハイタッチを交わしていく。
「……いちいち発想がリア充だよね。お小夜って」
知里は呆れながら、照れくさそうに掌を合わせる。
そんな彼女にエルマは不敵に笑い、毒づく。
「真正陰キャの知里さんには思いも付かない発想ですわよね♪」
「……ちっ。アンタだってタピオカすすってただけで、机をくっつけることもしなかったじゃん」
「あたくしは今やろうとしてたんですわよ♪」
「ワタシ、友達なんてイナイからこういうノ初めて。嬉しイ……」
俺、エルマ、レモリー、知里、小夜子、アンナ、魚面、ボンゴロ、ネリー、スライシャー……。
総勢10人の宴席だ。
異界風の店主も含めれば11人か。
めいめいが好きな飲み物を器に入れて掲げている。
俺を含めた男衆はドライ風エール。
エルマはタピオカミルクティー、知里は赤ワイン、アンナ、レモリー、魚面は白ワイン。
小夜子は牛乳だ。
「よーし、それじゃ乾杯だ」
「カンパーイ!」
ここ異界風は〝異世界風BAR〟なので、俺は元の世界でするように、皆とグラスを合わせた。
「へぇ。大将のお故郷の乾杯は、景気がいいですな」
転生者でも被召喚者でもない冒険者3人組にとっては、初めてとなる異世界料理。
エビフライの食べ方が分からない盗賊スライシャーは、衣を器用に剥がして、衣と身を別々に食べている。
「吾輩は活躍できていないので少々心苦しいが……熱い!」
術師ネリーはグラタンのマカロニをストロー代わりに熱々のベシャメルソースをすすって舌をやけどしたようだ。
「このサクサク揚げたの、コロッケっていうのかお。おいしいお」
ボンゴロは一心不乱に手づかみでコロッケを食べ続けている。
「直行しゃまご一行様、どうぞ召し上がって下さいでしゅ~。頑張って仕込みしてたんでしゅ~」
店主は助手の調理師と厨房で大わらわだ。
フロアスタッフの彼女は手慣れた様子で、それぞれの求めた料理や飲料を運んだり下げたり大忙しだ。
俺も1カ月くらい通っていたので、彼女とは顔見知りではある。
庶民的で快活な感じの、いかにも接客業に向いてそうな女性だ。
そんな彼女が、俺のところに来て呟いた。
「決闘裁判の事、聞きました。あの紅の姫騎士を落としたそうですね。しかも吹き矢で。ハッキリ言って凄いです。直行さまの名が天下に轟く日も近いかも知れませんね。お店を救っていただいたことも、感謝です」
「いや、勝ったのは多分まぐれで……」
ウエイトレスに何て答えようかと戸惑っていた矢先、レモリーが割って入って彼女を制した。
「いいえ。直行さまは勝つべくして勝ちました。ところで、失礼ですが知里さまがワインのおかわりを注文したいようですよ」
そのままレモリーは俺の隣に座り、静かに白ワインを飲んでいる。
重い……。
「すべてはあたくしの深慮遠謀ですわ。異界風屋、今後は終生あたくしにタピオカフリーで恩を返しなさい。直行さんにも感謝なさいよ♪」
一方、カウンターではエルマが、何杯目かも分からないタピオカミルクティーを飲みながら店主に絡んでいた。
宴も盛り上がってきたところで、俺は事業計画についての続きを話すことにする。