164話・怒りの小夜子ちゃん
「直行くん! 知里! これは一体どういうことか、説明してよね!」
数日ぶりに戻った旧王都のアジト。
小夜子はカンカンに怒っていた。
無事の帰還を喜ぶ暇もなく、俺と知里は気をつけの姿勢で、廊下に立たされている。
旧王都の下町にある閉店した冒険者の店の宿屋が、俺たちのアジトだった。
1階部分の調理場は、元々小夜子たちが炊き出しの準備に使っている場所でもある。
2階部分に、俺や盗賊スライシャー、術師ネリー、戦士ボンゴロが間借りしている。
問題は酒場だった広間だ。
檻に入れられた虎がいる。
召喚士・魚面が愛してやまないペットだ。
「聞いてる? 知里、直行くん」
小夜子が怒っているのは、何も言わずに勝手に虎を住まわせたことだ。
当時は敵対していた魚面を法王庁に連れて行くため、人質(虎質?)として預かった。
戦士ボンゴロに世話を頼んだ。
その経緯の言付けも頼んだはずだった。
それがどうしてこうなったのか。
「朝、炊き出しの支度に来たら虎が炊き出し用の食材を食べてるのよ! 信じられない。〝犬はつないで飼いましょう〟って言うでしょう? 虎だよ? 猛獣をつないでないんだよ」
「つないだよ。檻にもいれた。なあ知里さん?」
「うんうん。絶対絶対」
「スライシャー、鍵かけたよな?」
「へい。確かにかけやしたぜ。たぶんかけたと思いやす。かけたんじゃないかな」
……お前か。
「いや、ボンゴロっすよ。お前さん、あっしの鍵のかけ忘れに気づかなかったのかよ」
責任転嫁が早すぎだろ。
「おいら疲れて寝てたんだお。そしたら、お小夜さんが猫をつまむみたいに虎を引いてきて檻に戻してくれたんだお」
「わたしの障壁がなかったら、あやうく虎が市井に放たれるところだったのよ」
「俺の管理不足だな。ホント悪かった。ゴメン小夜子さん」
「今度、こんなことがある場合はキチンと事前に連絡してよ!」
虎を放り出していなくなるなんてレアケースは、残りの人生でもう二度とないような気がするけれども。
それにしても、猛獣を猫のように扱うなんて、彼女は凄いな。
さすが〝勇者トシヒコの仲間たち〟として魔王を倒して世界を救ったメンバーだけのことはある。
「……お小夜ごめんね」
「反省してま~す!」
「ごめんお……」
俺たちが平謝りすると、小夜子はニッコリ笑って許してくれた。
スライシャーの口ぶりだけはあまり反省している様子はなかったけれど……。
「OK! じゃあこの話はこれでおしまい。じゃあ改めて、おかえりみんな! 無事でよかったわ。エルマちゃんは助かったのよね?」
「直行と結婚したけどね」
「はい?」
さっきまで怒っていた小夜子は、ニッコリ笑ったかと思うと、今度は唖然とした。
「エルマちゃんいくつだと思ってるのよ! 直行くん、そういう趣味があったの?」
「決闘裁判で事を丸く収めるためにエルマが言い出したことなんだ。実際に結婚するわけじゃないよ」
「そうそう。コイツには愛人が2人もいるし」
「ええええっ?」
小夜子は驚いて目が点になっている。
「チョット待って! ワタシ愛人じゃなくて傘下」
魚面が慌てて訂正するけれども、小夜子はキョトンとしたまま首をかしげている。
「あのぉ……失礼ですが、どちらさまですか?」
「そういえば初対面だったっけ。紹介するよ。こちら魚面さん。凄腕の召喚士で、その虎の飼い主でもある」
「ドウも……」
「あっ。はじめまして被召喚者の八十島 小夜子と申します」
「ハジメマシテ。名乗る名がないのデ〝魚面〟と呼んでくだサイ」
「分かったわ。魚面さん。どうかよろしくね」
小夜子は満面の笑みを浮かべて魚面の手を取った。
彼女は少しぎこちない笑顔で頭を下げる。
「ワタシの虎が迷惑をかけタ。スマナイ」
「気にしないで。猛獣だから怖かったけど、吠えたりしないし、良い子ね」
「アリガトウ」
魚面は小夜子に一礼すると、愛虎の元に寄っていった。
虎は主人が分かるのか、檻の中で小さく喉を鳴らす。
「トレバー、良かっタ。毛並みも良いし、大事にされていたんダな。良かっタ!」
「虎は肉をいっぱい食べるから大変だったお。おいら食べられるんじゃないかと心配したお」
「それはそうと直行くん!」
改まって小夜子が俺に詰め寄った。
「状況が動きすぎて、よく分からないのだけど。魚面さんは愛人じゃないのね?」
「知里が変なことを言ってるけど、愛人じゃない」
「愛人は従者のレモリー姐さんだよね。お小夜も会ったことあるでしょ? クールな感じの美人さん」
「あの精霊術師の!」
「これから直行の逆玉婚と愛人ゲットのお祝いも兼ねて異界風で打ち上げをやるんだけど、お小夜アンタも来なよね?」
小夜子が再び怒りモードになって、俺を睨む。
「直行くーん? そういうの不潔だよ」
「違うんだ。これも話せば長くなるんだよ。知里さんが変なことを言うから……」
「事実じゃん。結婚も愛人も。それともより正確にレモリー姐さんを服従させたというべきかな?」
「服従~?」
「アッハッハッハッ! 魚ちゃんに知里もッ。すっかり打ち解けて楽しそうだなオイッ」
先ほどまで一人取り残されたアンナが楽しそうに茶々を入れてきた。
知里の背中をバンバン叩いて、大笑いだった。
「大将、そろそろ異界風に行きましょうぜ。奥様と愛人が待ちくたびれてますぜ」
「それとネリーも。おいらも、お腹すいたお」
スライシャーまで、そんなことを言う。
俺たちはそろってアジトを後にしてBAR異界風へと向かう。
虎の檻はもちろん、酒場の入り口にも鍵をかけるのを忘れなかった。