160話・それからのこと、これからのこと4
今後のことについて、改めてレモリーにキチンと話しておかなければならない。
「レモリーは、今後は俺の従者として生きてもらう」
「はい。直行さま……末永くよろしくお願いいたします」
彼女は静かにうなずくと、優しく微笑む。
駆け落ちの線はなくなってしまったのが少し残念ではある。
「ただ、ひとつ問題がある。ロンレア家の件だ」
少々ややこしいけれども、ロンレア家との付き合いは続ける必要があった。
「愛人なんてのは、エルマの世迷い言だとして……。俺が今後、あいつとロンレア領の経営に乗り出すのは本当の話。それには当然レモリーの協力が不可欠だ」
「はい! 何なりとお申し付け下さい」
レモリーの瞳からは、強い決意がにじみ出ていた。
「しかし、帰ってすぐに……というわけにもいかない」
「はい。準備が必要です。ディンドラッド商会にも話をしなければなりません」
「そう。さすがレモリー。話が早い」
ロンレア領の領地運営は彼らに全委託してある。
直轄するとしたら、当然彼らに筋を通す必要がある。
お気楽な三男様こと、ディルバラッド・フィンフ・ディンドラッドは、おそらく手強い感じがする。
「商会との交渉は俺がやるとして……。レモリーは当面、今まで通りロンレア家に出向して、伯爵夫妻の世話をしてもらえないだろうか。夫妻もエルマも生活力は皆無だから、従者がいないと家が回らないだろう。後任と引継ぎができ次第、俺の事業を手伝ってもらうことになるけど」
「……はい。かしこまりました」
頷いてくれたけれども、レモリーの顔が少し曇った。
それは無理もないことだ。
自分が裏切った家に、今まで通り仕えろと言われたら、不安なのは当然だろう。
「嫌な役回りをさせてすまない。伯爵には当然、釘をさしておくけど」
「釘……ですか? 大工仕事ですか?」
言葉は通じても、微妙な言い回しが彼女には伝わらなかったようだが、問題ない。
「ロンレア伯と2人だけで話がしたい。その際、音が漏れないように風の精霊を操作してもらえるか?」
「は、はい……」
レモリーはキョトンとして頷いた。
俺は、親子水入らずで談笑しているロンレア伯の元に行き、彼を呼んだ。
「あちらで少し話したいことがあります。よろしいでしょうか?」
「……」
俺が有無を言わせないことぐらい、彼も分かっている。
無言で俺の後に続いた。
レモリーが用意してくれた風の精霊による透明な防音壁に入り、俺はロンレア伯に告げる。
「レモリーはもう俺の従者ですが、エルマお嬢さまのためにも、当面はロンレア家に出向させるつもりです。今まで通り、家事などをやってもらうためです」
「当家を裏切った奴隷の顔など見たくもない」
ロンレア伯は吐き捨てるように言って強がった。
それは、この人なりの意地なのかもしれない。
彼とは散々いがみ合ったために、何となく彼の本質が理解できるようになった気がした。
この人の頑なさは、家が傾こうとも自身が不利になろうとも一貫している。
迷惑この上ないが、そこにある種の『滅びの美学』のようなものを見出し、酔いしれている。
ただし、俺にとって絶対に譲歩できない点はいくつかある。
「今後レモリーに対し、奴隷という言葉は使わないで下さい。俺の大切な人に、いっさいの侮辱は許さないですからね」
「……」
ロンレア伯は答えなかった。
俺と伯爵の会話がレモリーにまで届いているかどうかは、分からない。
彼女はこちらに背を向けて、何事もないように立っている。
「ロンレア伯、少しの辛抱です。後任が見つかり次第、レモリーには俺のところへ来てもらいますのでご安心ください」
「……仲間の異界人を従者として手配する気か?」
「まさか。以前お仕えしていたという従者を探して雇い直すつもりです。ご夫妻には今まで通り旧王都のお屋敷で暮らしていただきます」
「……今まで通り、だと?」
「ただし、変な気を起こしたら、魚面を差し向けますので、くれぐれもご注意ください」
「……悪魔だな、貴様は」
「上級悪魔とは実際、戦ったことがありますけど、俺なんかよりもはるかに手強かったですよ?」
「……」
もっとも、実際に戦ったのは知里で、俺は止めを刺しただけだけど。
思い返してみると、こちらの世界に来てからというもの、俺はけっこう人を脅している。
良くないと思いつつも、武力も権力もない俺にとって、脅しとハッタリは唯一の武器だったりもする。
「あなたが何もしなければ、危害を加えるつもりはないので、どうか穏便にお願いします」
「……」
俺はロンレア伯に深々と頭を下げた。
これ以上、引っ掻き回されたくはない。
そのためなら、何度でも頭を下げるつもりだ。
「エルマお嬢さまのためにも、どうか……」
「……分かっている」
苛立ち気味に呟いて、彼はこの場を離れていった。
去りざまに、寂しそうにエルマを見つめる瞳が印象に残った。
「さて、ロンレア伯とは話がついた。とりあえず後任が決まるまで、今まで通りエルマたちの世話を頼む」
「はい。承知しました」
俺はレモリーの手を取って、プラプラと動かした。
本当は抱きしめたかったけれど、ロンレア夫妻とエルマの手前、少し遠慮させてもらった。
恥知らずとしては、らしくない行動だ。
苦笑いする俺の気持ちを察してか、レモリーは微笑した。