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158話・それからのこと、これからのこと2


「お父様、これまで育ててくれたご恩、感謝してもしきれません」


 エルマはロンレア伯の前で、真摯に礼を言った。

 その姿は小さな貴婦人。

 正真正銘の伯爵令嬢の佇まいを見せていた。


 闘技場での狂犬っぷりと、さっき俺に見せた邪悪な笑みがウソのようだ。


 父親であるロンレア伯は、どう反応したら良いか分からないような様相だった。

 それでも、どうにか言葉をつむぐ。 


挿絵(By みてみん)


「……先ほどの、決闘裁判での宣言、お前の()()が、明るみに出ないために、あえて異界人と結婚すると言った。その機転は大したものだ。が、本当に結婚する必要はないのでは、ないのか?」


 しどろもどろになりながらも、現実を受け入れようと必死な様子だった。

 ただ、やはり結婚だけは受け入れがたいのだろう。

 異界人嫌いの父親としては、当然のことだ。


「お父様! 結婚するかどうかは置いておいて、命がけで戦って、あたくしの無罪を勝ち取ってくれたのは直行さんです。これは疑いようもない事実ですわ♪」

「……ああ」


 俺の名前を聞いたとたん、ロンレア伯は椅子に腰かけてバツが悪そうに足をブラブラさせている。

 その様子は、ふてくされた子供のようで、少し可笑しかった。

 一方のエルマは大まじめに()()()()()()


「この功績に対し、当家としては報いなければなりません。異界人だろうと、恩義に報いないのは貴族の道義にもとる行為です。直行さん、ありがとうございました♪ お父様も仰ってください」

「……分かった。感謝、する」


 ロンレア伯は、ほとんど感情をこめないで言った。

 不機嫌な父親と、観念したように天を仰ぐ母親。


「直行どの。娘を救っていただいて感謝申し上げます。そして、あたくしたち夫婦の()()()()()()をお許しくださいませね」


 奥方の方は、しぼりだすような口調だった。

 度重なる非礼とは、闘犬の檻に入れられて舌と足の健を斬られたことだが、そんなことはエルマが知らなくて良いことだからと、箝口してもらっている。


「奥様。頭を上げてください。分かりましたから、もういいです」

「何と慈悲深いお言葉でしょう。直行どの……うう」


 ロンレア夫人は感動した様子で、涙を流していた。

 それは俺に対してのものではなく、あくまでも娘に対しての涙だろう。

 と、いうのも夫人は、ほとんど俺を見ないでエルマの方ばかりを見ていたのだから。


「あのエルマが、ここまで強い娘なんて母は思いもしませんでした。我が子の成長を、うれしく……思いますよ」


 夫人の中で、複雑な感情が行き来しているのだろう。

 親になった経験がない俺には、その辺りの機微は理解できない。


「……お母様」


 エルマは黙って聞いていた。

 その肩に、夫人が優しく手を置いた。


「いいですかエルマ。覚えておいてください。あなたがどのような道に進もうと、あたくしたち夫婦にとっては、あなたはかけがえのない、大切な子。宝物ですよ」

「あたくしは、お二人の間に生まれたことを幸福だと思っておりますわ。生涯の誇りです」

「母も……そう、思います。あなたが……大切……心からそう思っています」


 言いかけて、夫人は言葉を飲み込みながら言って聞かせた。

 ぎこちなく娘を抱き寄せて、抱きしめる。

 そんな母娘を、父親は陰のある表情で見つめる。


 異界人を嫌う両親の元に、転生者として生まれてきたが故の距離感と愛情。


 彼らにしか分からない絆が、そこにはあるような気がした。

 俺にはこの親子の本当のところは分からない。

 それでも、ぎこちない親子の心の交流は、胸に込みあげて来るものがあった。 


「……伯爵さま」


 レモリーがその光景を見て、祈るように手を合わせ、泣いていたのが印象的だった。

 考えてみれば、彼女は先代の奴隷だったとはいえ、20年? 近くをこの家で過ごしてきた従者だ。


 エルマが生まれたときの夫妻の喜びは、当然知っているだろう。

 そして、転生者と分かった時の落胆と絶望も、目の当たりにしたはず……。


 ロンレア夫妻の元で過ごしてきた年月は一朝一夕ではない。

 それだけに、今日一日の出来事は、まさに急転直下だったはずだ。


 俺は、部屋の隅にいる彼女の元まで行き、そっと肩を抱いた。


「い、いいえ……直行さま。お嬢様とご結婚されて、お、おめでとうございます……」

「結婚はあくまで、形式上のモノだろう。言っとくけど、俺は未成年者に手を出すつもりはないから安心してくれ」

「は、はい……直行さま。ですがお嬢様と結婚なされたということは、(わたくし)の主人はまた伯爵さまに移ってしまうということでは……?」

「そうだった。いや、ちょっと待て。そうだよ! 俺たち駆け落ちしてたんだよな」


 レモリーは明らかにうろたえていた。

 確かに、彼女の言う通りだ。

 あまりにも目まぐるしく状況が変わっていたので、見落としていた。


 決闘裁判でお互い媚薬を打たれて、おかしくなって……。

 でも、確かに俺はベロチューした後に言った。


「どうしたんですか直行さん。レモリーの処遇に困りましたか? 愛人で丸く収まると思いますけど、いかがでしょう?」


 つい今しがたまで、ぎこちないながらも親子で心を通わせていたエルマが、まるで悪魔のような顔つきで笑った。




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