15話・『人間のアカシックレコード』と異世界召喚の謎
そういえば、エルマから召喚魔法について聞くのは初めてだ。
よくよく考えてみたら13歳で異世界から人間を召喚できるって大変なことかもしれない。
「人間を異世界から召喚するためには『人間のアカシックレコード』という魔法の道具が必須と言われていますわ♪」
俺が召喚された時のことはハッキリと記憶にあるわけではないけれども。
確かに、エルマは手に持っていた。
「金色の円盤……のようなモノを持っていたな」
「レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた“ウィトルウィウス的人体図”に似た感じの絵が描いてありましたでしょう♪」
いや、そこまでは細かく見てはいないけど……。
「その円盤『人間のアカシックレコード』は、異世界も含めて、この世に存在した全ての人間の情報が引き出せるデータベースだと、言われています」
「……すげえな」
「はい。お嬢様は不思議なご縁で、これを手に入れたそうです……」
その場にいたレモリーも深くうなずいた。
「もっとも、データを読んだり再生したりすることはできず、あくまでも異世界から『人間』を召喚するための絶対的な補助アイテムみたいなものなんですけどね♪」
エルマは腕を組んで考えるようなしぐさをしてみせた。
「召喚魔法は想像力が命です。生き物を召喚するのはとても難しいのですわ。生き物の肉体構造と魂についてを理解していなければダメなのです」
「まあ、普通に考えたら“異世界から人間を召喚”なんて荒業すぎるもんな」
「はい。補助アイテムがなければ、直行さまの肉片だけを召喚してしまう事態も考えられました」
シレっと怖いこと言ってるな、レモリーさん。
「しかも素材やモノと違って、人一人を異世界から引っ張ってくるのは……そう、それだけ膨大な魔力が必要になるでしょう。あたくしの場合、『魔晶石』で足りないMPを補う必要がありました」
エルマは自らに言い聞かせるようにつぶやいた。
……と、なると帰りの際にも膨大なリスクを負うのではないだろうか。
補助アイテム『人間のアカシックレコード』みたいな補助アイテムが必要になるかもな。
……。
……まいったな。
俺は目の前が真っ暗になった。
その上で“失敗したら死ぬ”という呪いもある。
「大丈夫ですよ直行さん。お帰りの際は、高位の召喚術師を雇えばいいんですから♪ まあ、それなりの金額が必要ですけど、借金を返せるほど稼げれば一攫千金なんて楽勝ですわ♪」
帰るための道は容易ではないという事だ。
うすうす感づいてはいたが、まあ不可能でないだけ良しとしなければ。
それにしても……。
「“楽勝ですわ♪”じゃねーよ……」
俺はエルマを睨んだ。
「石けんと髭剃り用の剃刀はここに置いておきますね。タオルはそこに下がっているものを使ってください。では、ごゆっくり♪」
エルマは鼻歌交じりで、無造作に石けんや短刀のようなものを置くと、そそくさと部屋を出ていこうとした。
「都合が悪くなるとすぐ逃げる! なんだよこのナイフは? こんなんで髭なんか剃ったら危なくないか? おい!」
「あたくしはいたいけな少女ですので、そのような物を使う必要はありませんし♪」
「……」
「レモリー、一緒に来てくださる? 殿方が入浴なさるのよ。あたくしたちは退散しましょう」
2人は慌てた様子で部屋を出ていった。
なんだかよく分からないが、とりあえず追わないでスルーしておくか。
……。
静まり返った浴室で、俺は朝風呂を堪能した。
火の精霊が、真っ赤な蛍のように飛び回っている。
体を洗って浴槽につかると、なるほどいい湯加減だ。
理髪店が使うような剃刀というよりは、小刀に近い。
これを使う髭剃りは非常にデリケートな作業だ。
「……!」
おっかなびっくりしながら、肌と触れる面の角度を調節する。
こちらの石けんはそこまで泡立たないので、うっかりすると肌を傷つけてしまう。
とにかく時間をかけて、ゆっくり丁寧にやる必要があった。
その間、火の精霊は快適な温度に部屋を暖めていてくれたので、ちょっとしたサウナに入ったような気分で、心地よかった。
時間はかかったものの、どうにか無事に髭剃りはできた。
◇ ◆ ◇
あいにくの雨だが、荷車を引いてまたマナポーションを移動販売する。
この世界の雨は柔らかいように感じた。
雨模様の旧王都の上空には、今日も聖龍が遊泳している。
聖龍さまは守り神。
魔物を生み出す瘴気を喰らい、過酷な嵐や災害をもなだめてくれるという。
「嫌ですわ。あたくし雨は嫌いですの。外出なんてまっぴらですわ!」
そう言って、エルマお嬢様は外出を拒んだ。
まあ昨日の工事現場で絡まれた一件もあるし、やむを得ないだろう。
代わりに付き合ってくれたのは従者レモリー。
「はい、では私が同行します」
「俺一人で大丈夫です。レモリーさん、家事全般があるでしょう」
「いいえ。エルマお嬢様から申し付けられているので、同行させてください」
従者レモリーは俺が逃げ出すと思って、自ら監視役を申し出たのかもしれないけど。
俺も逃げたところで行き場なんてない。
「傘か蓑みたいな雨をしのぐ道具ってあります?」
「……はい。承知しました。では水の精霊に命じます。私たちの周辺から雨を遠ざけなさい」
「えっ?」
俺たちの周りを、ふしぎな膜が覆っていた。
「はい。これが水の精霊術を使ったコーティング魔法です」
水の精霊が、バリアのようになって俺たちはもちろん荷車や商品をも包んだ。
歩いても膜はついてくる。
すごいし、実にありがたい。
おかげで濡れなくて済んだ。
ただ、効果時間は限られるということで、今日は旧王都の再開発地区をさらっと回って帰ることにする。
残念ながら、今日もまったく売れなかったけれど。




