157話・それからのこと、これからのこと1
召喚士・魚面は、今まさに呼び出した食人鬼4体を帰還させようとしていた。
彼女は、大きく魔方陣を描いている。
青い光によって描かれた光の環は、地面と垂直に現れた。
ちょうど神社の境内に見られる茅の輪みたいな環だった。
石像のように動かなかった食人鬼たちが、吸い込まれるように魔方陣をくぐっていく。
以前戦った飛竜も上級悪魔も倒してしまったので、それは、俺が初めて見る光景だった。
「なるほど。そうやって帰還させるのか。彼らもまた、異世界から召喚したのか?」
「直行サン、召喚に興味があるのカ?」
俺がまじまじと見ていたので、魚面は気になったようだ。
「エルマが使ってる召喚魔法とは全然違うんでな」
「ワタシの召喚術は魔物召喚ダ。同じ召喚術と言ってモ、より一般的で正統的なモノだ。エルマお嬢チャンのソレは特殊なんダ」
「独学って言ってたけどな。良かったら今度、あいつに教えてやってくれよ、魔物召喚」
「直行サンに頼まれたら、ワタシは断れナイよ……」
魔物の召喚と帰還方法が分かれば、元の世界に戻れる足掛かりになるかも知れない。
「……直行サン。裏切ったにもかかわらず、結婚までしてワタシを無罪にシテくれて感謝スル」
魚面は改めて深々と頭を下げた。
ゆるふわの黒髪美人は見せかけの姿だが、俺は少しドキッとしてしまった。
レモリーの視線が怖い。
「いやいや、結婚のアイデアはエルマからだし。それに魚面の以前の罪まで遡ってリセットってわけでもないだろうけど……」
「異世界婚の反対者に雇われて妨害シタという大筋なら、単なる暗殺者よりも、よほど印象は良イ」
「まあ、そうなるか……」
「今後は直行サンに従う。何でも気軽に命じて欲しイ」
俺はまた一人、心強い味方を得た。
今のところ物騒な任務などは考えていないが、強力な召喚士として力を貸してくれるだろう。
もちろん飲み仲間としても、歓迎しよう。
「じゃあ、俺はとりあえずエルマのとこに行ってるから、アンナたちとは宿で落ち合おう。とりあえず打ち上げで、例の大亀鍋と不謹慎うなぎ食べようぜ。串焼きの方な!」
「分かっタ。もちろん串焼きの方ダ! 法王領産のワインも一緒にスラサンに頼んで手配してもらう」
魚面は、嬉しそうに笑った。
元の顔がのっぺらぼうなのが信じられないほど、自然な笑顔だった。
◇ ◆ ◇
闘技場の控室の中央では、エルマとロンレア夫妻が向き合っていた。
レモリーはかなり離れた部屋の隅で、その様子を見つめている。
知里とアンナ、スライシャーはすでに帰ったようだ。
俺が階段を降りて部屋に入ると、4人は一斉にこちらを見る。
何とも言いようのない重い雰囲気に、俺の表情も硬くなる。
「直行さん。いいところにいらっしゃいました。あなたからもお父様とお母様にご挨拶なさって下さいます?」
エルマはすました顔で言った。
「ちょっと待て。結婚の話は、あの場を切り抜けるための方便だと思ったけど?」
「直行さん。牢の前であなたは、今後のことを話し合いたいと言ってましたわよね。それは、具体的にどういうことか、伺ってもよろしくて?」
質問を質問で返された上に、唐突に今後のことを聞かれて、俺は少し面喰らった。
だが、そこは考えていないわけではなかった。
もっとも、ロンレア伯の手前、言葉を選ぶ必要があった。
「ここでは少し言いにくいけど、元の世界に戻るには大金が要る。でも若干ツテができてさ。ディンドラッド商会と知り合いになった。あと聖騎士ジュントスともな。錬金術師アンナとは協力体制ができてる。貴重な人脈を活かして商売を考えてもいる」
ロンレア夫妻のいる中で、勇者自治区に行った話やナンバー2『ヒナちゃん』との接点は語れない。
知里や小夜子の名前を出すのも控えておこう。
ぼかしつつ、エルマには分かるように伝わるといいが……。
「分かりました。ではこちらの今後のことをお話ししましょう。
直行さん、あたくしと一緒にロンレア家の領地経営をなさいませんか?
これまではディンドラッド商会に委託していましたが、今後は直轄で経営したいと考えています。
短期間で6000万ゼニルを稼いだあなたなら、良いビジネスパートナーとなり得るでしょう。
あなたとでしたら、当家の再興だって夢ではないでしょう」
俺たちの利害は、一致している。
勇者自治区とのコネができた上に、ロンレア家の領地を開拓できるならば相応の成果が上がるだろう。
研究者としてアンナもいるし、交渉役兼用心棒に知里。
召喚士で裏稼業にも名が知れた魚面も傘下にいる。
エルマは、俺の皮算用を見透かしたように、いつもの邪悪な笑顔を見せた。
「末永くお願いいたしますわね、あ・な・た♪」