155話・エルマの奇策
「殺せ! 罰を下さねえで、何が決闘か!」
「お前に歯向かった奴に、鉄槌を下すんだよ!」
「リーザ様も敗けた以上は裁かれる側だぜ!」
「やれ! 助平っ! 大勢の前で恥をかかせてしまえ!」
決闘裁判に勝利したものの、予想外の結果になってしまった。
観客は俺が出した『全員無罪』の判決には納得がいかないようだった。
「異界人! 私の首を刎ねろと言っている」
「いや、そこは待て。待ってくれ!」
法王庁で、アイドル的な声援を受けていた紅の姫騎士ことリーザ・グリシュバルト子爵。
人気者の彼女に対してでさえ、負けたからには極刑にすべしという観客の声があった。
……。
当の本人までが、首を刎ねろと俺に迫ってきたのには、心底まいってしまった。
自分たちの信仰する教団関係者に対してまで極刑を望むとは……。
俺には異様としか思えなかった。
そんな折、「秘策がある」と闘技場に上がってきたエルマだが、どうするつもりだ?
彼女のことだ、全員処刑はやらないにしても、下手したらリーザ以下、財産没収とかはやりかねない。
俺は不安で仕方がなかった。
「直行さん♪ ここはあたくしに任せてくださいますこと? 円満にこの場を収める秘策がありますの♪」
得意げな顔で俺の横に立つ。
「だけどお前、場外負けだろ。発言権ないだろ」
「直行さんが、あたくしに一任すると言ってくだされば、この場は丸く収めてみせます♪」
その自信はどこから来るのか……。
「リーザたちを殺すことはやめてくれ。別に俺は人道主義の信奉者ではないけど、処刑は寝覚めが悪すぎる。一生、リーザや聖騎士が夢に出てくるトラウマ案件は勘弁だ」
「人を殺める判決にはいたしません。あたくしを信用してくださいませ♪」
「……分かった」
俺は、メガホンのようなラッパ状の筒を手に取って観客たちに告げる。
「俺の判決理由は『全員無罪』と述べた通りだ。
しかし、誰も裁かないのは決闘裁判への冒涜だという。
これについてロンレア伯爵令嬢のエルマから話があるそうだ」
観客席から特に反応はない。
俺はラッパ状の筒をエルマに手渡す。
彼女は舞台中央で、堂々と語り始めた。
「ご紹介にあずかりましたエルマ・ベルトルティカ・バートリです。
今回の決闘裁判のキッカケは、当家が買い上げた魔王討伐戦時の援助物資をめぐる行き違いです。
しかし、これの他に、もうひとつ事情が重なっていることを説明させてください。
そもそもの発端の話です。
あたくしと異界人・直行さんの結婚について、両親から反対されたのが原因でした」
滔々と語る13歳の少女エルマに、観客たちのどよめきが起こった。
……。
ちょっと待て、結婚だと?
「もっとも、異界人との結婚なんて、理解されないのも当然のことです。
わが父をはじめとした信仰に篤い方々にとっては、特にそうでしょう。
法王猊下が相互理解と融和を説かれても、異世界人との価値観の違いは拭い難いものがあるでしょう。
実際、異世界間婚を反対されたあたくしたちは、持参金のマナポーションを持って勇者自治区に駆け落ちするとさえ思ったものです。あたくしじゃありませんわよ、夫が、そう申し出ました」
よくもまあ次から次に出まかせが口を突いて出るものだ。
客席からこっそり虚偽感知の魔法でもかけられてたら、どうするつもりだ?
不安を感じていた矢先、耳元に風の精霊が飛んでくる。
「直行、今のところ虚偽感知をはじめ、おかしな動きはない。あったら速攻で解呪する」
知里の言葉を運んできた。
しかし、これで安心できるとも思えなかった。
エルマの発言は突飛すぎて、俺としてはどう対処して良いかも分からないのだ。
彼女は観衆に向かって、事の顛末(ほぼ嘘)を言い続けている。
「周知のとおり、あたくしはロンレア家伯爵令嬢。
直行さんは異世界から召喚された被召喚者です。
しかも32才の中年、だそうです。
そんなあたくしたちの結婚に、両親は猛反対でした。
それはそうでしょう、異界人との年の差婚なんて……。
ましてや、直行さんは稀代の色事師。
決闘裁判で当家の従者と、父に雇われた仮面の女性が手籠めにされたのは皆さまもご存じかと思います」
エルマはよくもまあ、憎らしいほど平然と話す。
……。
俺は、どういう反応したら良いのか分からず、苦笑いもできない。
「お嬢ちゃんも手籠めにされたんかーい?」
「あの助平、こんな年端もいかない令嬢と結婚して、財産目当てか?」
しかし……。
殺伐としていた野次のトーンが変わってきた。
俺に対する下卑た視線は、相変わらずだが。
「あたくしが直行さんと結婚するのは、ひとえにロンレア家の再興のため。
当家の発展は、延いては聖龍教会の繁栄にも寄与するものと確信しております。
法王猊下も仰っておられるように、あたくしたちは異界人を知らなければなりません。
もちろん、彼らの傍若無人な振る舞いなど言語道断です。
悪趣味な建造物など、許してなるものですか!
安易に世界をつくり変える蛮行は決して許してはなりません。
一方、彼らを知り、彼らの文化の本質を理解することも肝要ではないでしょうか?
だからこその、結婚だとあたくしは考えておりました」
実に堂々とエルマは言い切った。
「それァ、あの助平に吹き込まれたものかい?」
「お嬢ちゃんが自分で考えたとも思えねえ筋書きだぜ。言わされてるんだろ、なあ?」
観客席から野次が飛んでくる。
しかし、エルマは一顧だにせず毅然と言い放った。
「お黙りなさい無礼者! わが夫となる方を侮辱することは許しませんよ」
静まり返る群衆を尻目に、エルマは宣言を続ける。
「この決闘裁判で勝ちぬいた夫による『勝者の権利』で、あたくしたちの結婚を認めてもらうつもりです! 夫婦の門出が、血にまみれるのは不快です! よって、リーザ・グリシュバルト以下、神聖騎士団・飛竜隊の罪を免じます」
エルマの発言に、観衆たちは沈黙した。
呆気にとられている。
リーザ自身、思いもしなかった展開に、心底驚いている様子だ。
部下の聖騎士たちも同様に、目を丸くしている。
「な……な……何という……」
とりわけ驚いて二の句が継げないのは、ロンレア伯だった。