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154話・勝者の苦悩


「決闘裁判の勝利者を、異界人・九重(ココノエ) 直行(ナオユキ)とする!」


 進行役の聖騎士が、高らかに俺の名を叫んだ。

 ついで、回復役の僧侶が傷口の治療をしてくれた。

 回復薬では治しきれなかった肩とつま先、その他の傷が、治癒魔法によって完全に癒されていく。


「そなたには勝者の権利が与えられます」


 勝利者の確定に合わせて、審判役を務めた司祭が、闘技場に上がり、正面に立った。

 天秤を(かたど)った祭祀用の杖を俺の頭上に掲げる。


「どうも……」


 俺はどう対応していいか分からずに、とりあえず頭を垂れた。


 その様子を、場外では交戦してきた強者たちが見つめていた。

 リーザ・グリシュバルト子爵と神聖騎士団・飛竜部隊の隊員たちは唇をかみしめている。

 眼に涙を浮かべている者もいる。

 皆、必死で感情を押し殺し、平静を装っている。

 空気が重く、その姿はとても痛々しく思える。


「直行さん♪ 騎士団の人たち、沈痛な表情ですわね♪」

「そこのお嬢さん、舞台に上がったらダメです」


 ちゃっかり俺の(となり)で『勝者の権利』にあずかろうとしていたエルマは、決闘裁判の係を務めた聖騎士によって再び場外までつまみ出された。

 

「直行さんが勝ったんだから、あたくしが隣にいたって良いじゃありませんの!」

「ダメです。ルールですから降りてください」


 ふてくされた顔で、場外に降ろされていくエルマ。


 召喚士・魚面(うおづら)は、場外に降りている。

 彼女が呼び出した食人鬼(オーガ)たち4体は石像のように、場外でひざまずいて動かない。


「あの異界人が……勝ったのか」

 

 ロンレア伯は、夫人に支えられながら、事の成り行きを見守っている。


 そんな彼に対して、知里は少し離れた位置で監視している。

 伯爵の突飛な行動を警戒しているのだろう。


 レモリーは1人でじっと俺を見つめている。

 スライシャー、アンナは儀式には関心がなさそうだった。

 観衆と話をしていたり、俺を指さしてガッツポーズを取ったりしていた。


「さて、直行殿。勝者の裁きの内容はお決まりになりましたかな?」


 周囲の様子を見ていた俺に、司祭が小声で話しかけてきた。

 俺は胸に手を当て、力強くうなずく。

 司祭も大きくうなずくと、持っていた杖を地面に打ち付けた。


 シャン、シャン、シャン……。


 錫杖のような形だが、聞いたことのない金属音で独特のリズムを刻む。

 ふしぎな音色に合わせて、どこからか打楽器が合わさる。


「決闘裁判の慣例、および聖龍法王庁の名において! 勝者・九重(ここのえ) 直行(なおゆき)に対して、当裁判における判決の権限を付与する」


 司祭はよく通る声で、宣言した。

 係の聖騎士が俺の前まで来て、祝福の祈りをささげる。


 ……。

 いつの間にか、闘技場はありえないほどの静寂に包まれていた。

 皆、俺の一言を、今か今かと待っている。


 俺は背筋を伸ばして、宣言する。


「……えー、今回は魔王討伐戦時代の物資をめぐる、所有権についての争いだった。不運と行き違いが重なった経緯により、考え方の違う者同士がいがみ合い、決闘裁判までもつれ込んでしまう不幸な結果となった」


 観衆から、どよめきが漏れ出した。


「『所有権』という価値観は、ひょっとしたらこの世界になじみのないモノかも知れない。

 なので、勝者の権利を持って宣言しよう。

 まず、行き違いの元になったマナポーションの所有権は俺にあることを宣言する。

 そして、これを巡る()()()()()()()()とする。

 リーザ・グリシュバルト子爵と神聖騎士団・飛竜部隊。

 ロンレア伯と、その協力者『魚面(うおづら)』も罪には問わない。

 ただの考え方の違いだ。誰も罪は犯していない」 

「無罪? ……って、そんなんあるかー!」


 観客席から、凄まじいばかりの怒号が飛んでくる。

 先ほどまでは応援してくれた一部の観客までもが、当初のように俺を敵とみなしている。


「ふざけるな! だったら何のための裁判だコラァ!」

「裁けよ!」

有耶無耶(うやむや)にしてンじゃねぇぞ!」

「白黒ハッキリつけやがれー!」


 あまりの剣幕に、俺は驚いて思わず司祭の方を見る。

 彼は鉄杖に備え付けられた天秤を揺らしながら、静かに告げる。


「直行殿には人を裁く権利が与えられているのですぞ。それが、勝者の権利。有耶無耶にするのは、決闘裁判への冒涜ともとられかねません」

「え……」


 思わぬことに、俺は言葉に詰まってしまった。

 ……。


 そんな中、紅の姫騎士リーザが、闘技場に上がり、静かに歩み寄ってきた。

 家宝の刺突剣を差し出し、膝をついて俺に頭を下げる。


挿絵(By みてみん)


「勝ったのは貴様だ。我が隊は私の命で責任を取ろう。首を()ねてくれ。そしてできれば、部下たちの罪は不問にしてやってほしい。皆、私の命令に従っただけだ」


 リーザは涙を流し、唇をかみしめて運命を受け入れている様子だった。

 舞台下で見守る聖騎士たちも、体を震わせながら口を真一文字に結んでいる。


 そんな寝覚めの悪い潔さは、到底受け入れられるものでもなかった。


「リーザ、ふざけるなよ。俺がそんなことできると思うか?」

「お前が勝った以上、厳粛に裁きは執行されなければならない! 飛竜部隊の哨戒(しょうかい)任務中に、人気(ひとけ)のない街道で、怪しい動きに気づいて襲撃したのは私だ。殺せ」


 リーザの決意は固いようだ。

 騎士たちの目が、鋭く俺を見つめている。


「こんなところで、『くっ殺せ』はないだろ! いいか、そんなこと言ったら、俺はロンレア伯も罰しないといけなくなるし、魚面(うおづら)もそうだ」

「裁け! 騎士の誇りにかけて、私の覚悟を見せてやる!」


 いくら話しても平行線だった。

 観客席からは野次と罵声が乱れ飛んでいる。


「やっちまえー」

「殺せー」


 唖然(あぜん)としたのは、法王庁のお膝元(ひざもと)であるにもかかわらず、リーザに対して処刑を求める声が聞こえたからだ。


「……知里さん、収拾がつかなくなっちゃったよ」


 俺は、他人の心を読めるスキル『他心通(たしんつう)』をもつ知里を、すがるように見た。

 彼女はレモリーの放った風の精霊術で、俺に声を届けてくれた。


「……エルマお嬢ちゃんに、秘策があるみたい。舞台に上げて、話を聞いてみたら? うまく行くか、あたしには分からないほどの、ブッ飛んだ奇策だけど」


 知里は何ともいえない表情で視線を逸らす。

 当のエルマは、スライシャーに支えられながら再びリングに上がって来ようとしていた。


「収拾がつかなくなったら、あたしが派手に魔法をぶっ放す。その隙に、この場から逃げてしまおう」

 

 知里はフォローを申し出たが、俺には嫌な予感しかしなかった。

 

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