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153話・勝利宣言!


「傘下に加えてくれ……だと?」


 唐突な魚面(うおづら)の提案に、俺は戸惑ってしまった。

 どう答えたらいいかわからず、彼女と密着状態のまま、固まっている。 

 

 一方、仮面を外した当人は、俺とゆるく体を合わせた状態から身を離した。


 油断させておいて……不意打ち?

 魔法攻撃を警戒した俺は、とっさに近くに会った石を拾う。


 しかし彼女は俺のスカーフタイで自らの両手を軽く縛り、片膝をついて恭順の意を示した。


「直行サンの言う通り、記憶と顔を奪われてカラ、師匠以外の誰かと一緒に過ごしたのは初めてダった。皆と食事して、ナクシタ記憶の手掛かりが掴めたような気がシタ」


 魚面は元々の顔を奪われて、のっぺらぼうの上に皮膚仮面(スキンマスク)で顔を作っている。

 だから表情に乏しく、表情から真意をくみ取るのは難しい。


 俺は彼女の、声色や僅かな動作から、心の内を探る。

 知里に頼んで心を読んでもらうのは無しだ。


「……俺たちとどんなに打ち解けたとしても、暗殺者の過去はつきまとう。お前はずっと引きずっていたんだな」

「そういう生活は、嫌だったカラ……」


 決闘裁判での知里の欠場で、変な欲が出てきたのだろう。


「ゴメンなさい。どんな扱いでも構わナイ……。傘下、配下。奴隷でも良い」


 魚面の目には涙が浮かんでいた。

 それは魔法で作られた幻影ではないと、俺は信じる。


「いいえ! 直行さま。その女の甘言に惑わされてはなりません!」


 レモリーは鼻息荒く、リングに上がろうとして、アンナと知里に押さえつけられている。

 あまりの光景に、観客席はどよめいていた。

 俺も少し引いた。


 突然、投石VS魔法の攻防が打ち切られたと思ったら、思わぬ展開だ。

 関節技の掛け合いような恰好でくんずほぐれつした挙句、召喚士は自ら仮面を脱いだのだ。

 しかも、仮面の下はゆるふわ黒髪の女子が(変身魔法だが)現れて……。


「あーあ、修羅場だなこりゃあ」

「あの仮面、女だったんだな」

「ホラッ、俺の見た通りじゃねぇか、助平(すけべえ)の毒気に()てられて、()にされちまった」

「見ろよ、最初にこました別嬪(べっぴん)の情婦、嫉妬に狂ってやがるぜ」

「あの(すけ)こまし、決闘裁判で()()も女を落とすとは、何て野郎だ」

「リーザ様は違うだろ。媚薬で凌辱されただけだ」


 観衆は口々に囃し立てながら、闘技場の俺たちを見ていた。


 膝を屈め、恭順の意思を示した魚面(うおづら)は、まっすぐに俺を見つめている。

 変身魔法で作った顔ではあるが、彼女の眼差しは真剣だった。


「直行さま、信じてはなりません。それは都合の良すぎる話です!」

「落ち着いてレモリー(ねえ)さん。直行が決めることだよ」


 興奮しているレモリーをたしなめるように知里は言った。


「魚ちゃんをどうするかはアンタに任せるけど、彼女は……」

「理解はしてるつもりだ。魚面の置かれた状況は切実()()()

「だっタ?」


挿絵(By みてみん)


 俺は魚面(うおづら)の手を取った。

 緊張しているのか、彼女の手は少し汗ばんでいる。


「俺としては、腕の立つ仲間が1人でも多くいてくれると助かる」

「えっ?」


 魚面はキョトンとしている。


「また一緒に皆で飯を食おう。酒も飲もう。魚面、今日のことはもう気にするな。一人で抱え込まなくていい」

「……直行サン。ワタシは裏切ったノニ」

「もういいよ、そんなことは」

「ゴメンなさい直行サン。アリガトウ。アリガトウ……」


 魚面は、俺の手を取り、額に触れさせた。


「俺は今後、商売を大きくするつもりだから、狙われる機会も増えるだろう。改めて護衛を頼みたい」

「承知シタ。直行サンの望むままに力を貸ソウ」


 正直に言えば、魚面を護衛に雇う必要はなかった。

 護衛役ならば知里もいるし、レモリーだって腕は立つ。


 ただ俺は、魚面を庇護する必要があると考えている。

 顔と記憶を奪われた上に、裏稼業も廃業となると、今後は生きていくのもしんどいだろう。

 生活が困窮してくれば、俺を逆恨みしないとも限らない。


 また、彼女の顔と記憶を奪ったという、謎の女『ヒルコ』の件も気になる。

 

「レモリー。思うところはあるだろうけど、この一件はこれで手打ちだ。俺の判断を信じてくれ。いいな?」

「……はい。直行さまがそう仰るなら、(わたくし)は左様にいたします」 


 レモリーは若干、不満げではあったが、納得したようだ。

 心を読んでいるであろう知里が、意味ありげな微苦笑を俺に向けている。


 魚面は最後に一礼すると、俺の手を取り、高々と上げた。

 ボクシングの審判が、勝者の手を上げるように。


 決闘裁判の勝者は、俺だった。

 場内からは割れんばかりの大歓声と、少しばかりの罵声とブーイングが聞こえた。

 しかし当初の悪役一辺倒からしてみたら、心なしか風向きが変わったともいえる。


「あの助平が勝ちやがった」

「見たところ素人でよ、剣も魔法もからきしなのにな」

「なのにあの野郎1人で、全員抜きやがった」

「辺境の狩人が使うような吹き矢と投石だけでな!」

「別嬪はキスで落とした」

食人鬼(オーガ)のケツに、リーザ様の刺突剣ブッ差して回ったぜ」

「しかも、どさくさに紛れて、2人も愛人にしやがって、何て野郎だ」

「アンタすげえよ、(あん)ちゃん!」

「いよッ! この(すけ)こましっ! 鬼たらしっ! 変態の希望の星っ!」


 男たちの野太い歓声を受ける。

 どうも一部の観客の間では、俺は勘違いされているようだ。

 

 俺は手を振って、カン違いの男たちの歓声に応える。


「うおおおおお!」 

「観衆を煽ってるぞ、あの野郎!」


 そんな折、俺の目の前に小さな影が立ちはだかった。

 エルマだ。


 いつの間に起きたのか、生あくびをしている。

 魚面は、申し訳なさそうにうつむいて一礼し、静かに身を引いた。

 その動作を、エルマは涼しげな表情で見送る。


「ああ直行さん♪ おはようございます♪ 勝ちましたわね♪ お見事ですわ♪」


 俺と目が合うと、佇まいを改める。

 貴族の子女がスカートの両端をつむんでする挨拶、カーテシーを小粋に見せた。


「格上の相手に♪ 知里さんと小夜子をさんを欠いた駒落ちで挑み、勝利した手腕には敬服いたしますわ♪ 運もあったとはいえ、さすがあたくしが見込んだ殿方ですわね♪」

「何だよ改まって」


 いつもより♪が多いエルマの話しぶりと、満面の笑みを浮かべた表情は、年相応に見えた。

 まさか聖騎士に熱湯を浴びせるなんて鬼畜な戦術を思いつく者とは、とても思えない。


「ではさっそく、勝利宣言と参りましょう♪」

「おう!」

 

 俺とエルマは、高らかに拳を突き上げて勝利を宣言する。

 ルール的には、エルマは場外負けなのだが、何食わぬ顔で俺の勝利宣言に便乗した。

 まあいいけど……。

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[良い点] これでこそエルマお嬢様!さあ、勝利した事で処遇がどうなるのか。
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