152話・スキル発現『逆流』
風の精霊が、知里とアンナの話声を運んできていた。
「アンナ、あれ見てほら。直行は自力でスキル発現してない? あれって『逆流』の効果だよね?」
「確かにスキル『逆流』だッ! 触れたものに、自身のスキル効果を付与するッ! 魚面の不自然な回避行動は、魚本人の意思によるものではないッ。直行の『回避+3』の影響だッ」
俺が、自力で新しいスキルを覚醒させ、効果を発現させただと?
「おそらく魚ちゃん本人も、何で回避できているのか理解できてないんじゃない?」
「そうなるッ。間違いなく直撃するはずの投石を、体が勝手に動いて回避してしまう。結果、態勢も崩れる。だから魚は余計に怖いのだろうッ。魔法の詠唱どころではないはずだッ!」
俺は夢中で石を拾って、魚面に投げつけるだけだ。
彼女の魔法の詠唱を阻害するのが目的だ。
でも、彼女に傷を負わせたくない。
その一心で、石を投げている。
石は俺の『回避+3』を付与されているので、魚面には命中しない。
「どうしテ? 何が起こっていル?」
魚面は迫りくる投石を、自分の意志とは無関係に避け続けていることに理解が追いつかない。
アクロバットな姿勢で回避することも多いため、体のバランスを崩して転倒する。
詠唱のタイミングは遅れ、その隙に俺は前進する。
「何やってるか、よく分かんねえけど、やっぱ俺たちの大将はちがうぜ」
「はい! 当然です。直行さまは違います」
しかし、ここで問題が起こった。
進行方向の闘技場に落ちている手ごろな石が、見当たらないのだ。
俺は石を拾うマネをして、魚面に投げつけるフリをする。
彼女は条件反射のように、ピクリと反応させ、魔法詠唱に入れない。
「レモリー、スライシャー、場外の石を拾って投げ入れてくれ!」
俺は場外の2人に頼んだ。
観客から投げ入れられた物を利用することは黙認されている。
さっき幅広剣とリーザの家宝の刺突剣を拾ってもらったが、咎められなかった。
「はい! 直行さまの仰せのままに!」
「合点です、大将!」
2人は、あまり大げさにならない程度に、石を闘技場内に投げ入れた。
俺はそれを拾いながら、魚面めがけて投げつける。
魚面は、のけぞって回避しようとして、尻餅をついた。
俺はその隙に、また距離を詰める。
「あの助平、今度は何をやらかしてるんだ?」
「おうよ、あの仮面の奴に石を投げてるんだが、ちっとも当たらねえ!」
「それなのに、あの仮面の奴はビビっちまって、魔法も唱えられねぇンだ」
「あんなに強ェ術師なのに、妙だなオイ」
「ひょっとしたら、あの助平の毒気に中てられたか?」
もう少しで魚面を捕えられる距離まで詰めてきた。
魚面は優れた魔法の使い手ではあるが、物理戦闘のスキルを持っているわけではない。
捕まえて、魔法の詠唱さえできなくすれば、勝機はある。
俺は首に巻いていたスカーフタイをほどいて左手に持った。
「直行、だいぶ間合いが詰まって来たね。そのネクタイを猿轡にするなら『逆流』の効果は解除しないと、避けられるよ」
風の精霊が知里の声を運んでくる。
「解除って、どうすればいい?」
「さっき『逆流』を発現させたとき、何を思った? それを手放すイメージ」
スキル発現に解除と言われても、正直ピンと来ない。
魚面の魔法詠唱を阻害したい。
でも、彼女に傷を負わせたくない。
この2つを思ったのだが、それを手放すイメージ?
分からないままに、俺は突進していく。
急接近に気づいた魚面は、慌てた様子で魔法の詠唱動作に入る。
「雷撃魔法!」
「食うか!」
俺は石を投げるフリをしながら、魚面にタックルする。
彼女は身をよじって回避しようとするが、俺は力で押さえつける。
仮面を取らないと魔法を封じることができないため、見よう見まねの柔道の寝技、もしくはレスリングの抑え込み、フォールのような態勢で魚面を締める。
「降参してくれ! お前の自分探しは、俺たちも手伝ってやるから!」
「……裏切ったワタシを、お前は許さないだろウ?」
魚面は抵抗しながらも、手足をガッチリと掴まれているために魔法の詠唱動作に入れない。
「俺がお前を許さないって? いや、そうでもない」
「……ワタシは土壇場で裏切ったんダぞ」
「だからってお前は俺を殺そうとはしなかったろ? やろうと思えば、俺もエルマも雷撃魔法で黒コゲだったはずだ。なのにヌルい攻撃で場外に落としたり、降伏させようとした。どうして?」
「お前を殺してしまっては、アンナ女史ノ協力を得られナイと考えたからダ」
「違う。お前は俺たちと行動してた時、心底楽しそうだった。でなければ過去を清算したいとか思わないだろう」
「……楽しそうだっタだト? どうしてソウ思う?」
「知里さんに聞いたわけじゃないけど、裏稼業にどっぷり浸かっていた人間が、可愛がっていた虎さえ捨てて『日の光の下を歩きたい』なんて言うのは、ここ数日のお前が楽しかったからこその発想じゃないのか?」
「……」
俺は、もはや魚面が抵抗していないことに気づいていた。
お互い体を密着させていたので、彼女の肉感的な感触に気まずさを覚えていたこともあり、俺は少しだけ、隙を見せてしまった。
その時、魚面は自ら仮面を脱ぎ捨て、のっぺらぼうではない、ゆるふわ黒髪美人の顔を見せた。
と、いうことは変身魔法を発動させたことになるが、俺はそのタイミングに気づかなかった。
「直行サン。頼みがある。ワタシをあなたの傘下に加えて庇護してくれたら、勝ちを譲ろう」
思いがけない魚面の提案に、俺は面食らった。
風の精霊術で会話を聞いていたレモリーが、今にもリングに上がりそうな剣幕だ。
それを、アンナと知里とでなだめていた。