151話・甘辛と稲妻
決闘裁判の闘技場に残っているのは、俺と魚面の2人だけ。
相手は、高レベルの術師だ。
まともに戦っては、まず勝ち目がない。
俺は再度、説得を試みた。
「魚面、言っとくけど、お前が勝っても全ての過去が清算できるわけじゃない。お互い良い落としどころを考えよう」
「ワタシは日の光の下を歩むために道を切り開く。降伏なら聞く。ケガをしないうちに諦めテ……」
魚面は、何かの魔法の術式を展開し始めた。
俺は、詠唱を阻害しようと石を拾い、彼女の足元に投げつける。
「雷撃魔法!」
「ぐわっ!」
閃光が一閃。
俺は全身がショック状態となり、ひざを突いてしまった。
かなり痛かったが、外傷はない。
本来なら即死でもおかしくない魔法攻撃なのに、手加減をしてくれたのだろう。
「警告ダ。降伏してくレ」
「断る」
「雷撃魔法!」
「うわああああ!」
有無を言わさない魚面の魔法攻撃は、先ほどよりも威力が強い。
俺は全身に衝撃と痛みを感じて、その場を転がりまわった。
「降伏しテ」
「……ちょっと待て!」
「雷撃魔法!」
「ぐわあああっ!」
シンプルな威嚇だが、雷撃魔法に俺はなすすべもない。
格闘ゲームでいったら、単純なハメ技を食らい続けている状態だ。
このままでは、体力が尽きる。
どうにかしてこぎつけた決闘裁判だが、詰みかけていた。
勝利目前で、行けると思ったところで、はしごが外される。
中途半端で冴えない俺の人生は、そんなことの連続だった。
さっきもそうだったし、今もそうだ。
「降伏しテ」
「ちょっと考えさせろ!」
「雷撃魔法!」
「ぐええええっ」
魚面は機械的に魔法攻撃を放ってくる。
ひょっとして、このために魔力を温存したのか? と勘繰りたくもなる。
「直行。魚ちゃんは必ずしも戦闘巧者じゃないよ。リーザの突撃に備えて魔力を温存していた。それにアンタを裏切るか迷ってもいた」
知里が風の精霊を通じてアドバイスをくれた。
そんなことを言われても、俺は立て続けに雷撃魔法を食らって、あいづちも打てない。
「魚ちゃんは、物陰に隠れて召喚した魔物に戦わせる戦闘スタイル。だから、魔法の詠唱は意外と素直で、フェイントもキャンセルも使わない。あんたに勝ち目があるとすれば、詠唱を妨害するコトに尽きる」
相手の集中力を乱す。
それはよく分かっている。
俺には相手の詠唱を妨害する以外に打つ手はない。
その手段は石を投げるという、きわめてシンプルなものだ。
しかし……。
「ちなみに雷撃魔法の詠唱時間は3秒」
「知里さん、無理を言うなよ」
睡眠魔法や呪縛魔法と比べて、雷撃魔法は詠唱速度が速い。
石を投げて詠唱を阻害するには、時間が足りない。
「雷撃魔法!」
「ぐうっ!」
厄介なのは、魚面が魔法攻撃を仕掛けてくるタイミングが早すぎる点だ。
このままでは体が持たない。
俺は心の中で、「直行が降伏を考え始めたよ」と魚面に話しかけてほしいと、知里に頼んでみた。
1秒でいい、魔法攻撃のタイミングをずらすために。
「分かった」
風の精霊が魚面の元まで、知里の声を運んでいく。
何を話しているのか分からないけど、魚面の動きが止まり、場外の知里の方を見ている。
俺は右手を上げて、魚面に降伏とも取れるそぶりを見せた。
一方で左手では鏡張りの凧型盾で太陽光を反射させる機会をうかがう。
相手は仮面を被っているため、光の反射が分かりやすい。
一瞬でも良い、目のところに持って行って、詠唱のタイミングをズラす。
「今だ!」
魚面が怯んだ隙をついて、俺は拳くらいの石を拾い、投げつける。
ボール1個分の違いが頭をよぎる。
「ボール1個分、相手の懐に入れない。いくら制球が良くったって、それじゃ勝てねぇンだよ」
魚面の詠唱を阻害したい。
しかし、元・野球経験者として、人に石を全力投球することなんてできない。
命のやり取りをしている敵ならともかく、仲間だった彼女に石をぶつけるのは嫌だ。
回復魔法が存在する世界だろうと……。
だからと言って、降伏もしたくない。
あっちを立てれば、こっちが立たず。
それでも、全部本心だ。
矛盾に満ちた心を、俺は全部肯定する。
「行け!」
俺は心の中にある気持ちを、大いなる何かに託した。
踏み込んだ。
大きく振りかぶって、全力の直球を魚面に投げつける。
指の先から、魔法のような閃光が走ったのを感じた。
石はまっすぐ魚面の顔面めがけて飛ぶ。
間違いなく直撃するところで、魚面は仰け反って石を回避する。
まるで何かに引っ張られるように、彼女は転倒して俺の投石をかわした。
それには、本人が一番驚いている。
雷撃魔法の詠唱が止まった。
「良しっ!」
俺は、その隙に再び石を拾い、魚面に投げつける。
倒れているはずの魚面が、ビクンと体を震わせて、かなり無茶な体勢で石を避ける。
「直行、アンタまさか『逆流』のスキル使ってる?」
知里の驚いた声が聞こえた。
俺は夢中だったので、答えられなかった。
魚面が詠唱動作に入る前に石を拾い、投げる。
「アンタ『回避+3』を、投石に付与して魚ちゃんに投げてるでしょ?」
「詠唱妨害に必死なんだから、話しかけないでくれよ」
気を抜くと、魚面は詠唱動作に入るかもしれない。
3秒で雷撃魔法が来ると、また連鎖的にダメージを受け続ける。
そうなるともう、俺に勝ち目はない。
俺は無我夢中で、石を拾い魚面に向かって投げ続ける。
明らかに、彼女は対応できていない。
にもかかわらず、まるでブレイクダンスのように逆立ちして回避した。
そのことに、魚面本人が一番驚いている。
詠唱のタイミングが遅れている。
俺は、また石を拾いながら距離を詰める。
「アンタ、スキル覚醒したでしょ。スキル『逆流』が発現してる。アンタの持ってる『回避+3』スキル効果が、直行の手を経由して石に伝わり、魚ちゃんが無意識のうちに回避する、ありえない投石になってる」
スキル覚醒? 何のことだ。
だが俺は、今そちらに気を取られるわけにはいかなかった。
気を抜くと「詰み」の状況は変わっていないのだから。