14話・魔法の仕組みを説明いたしますわ!
翌朝は雨だった。
俺は二日酔いで体が重い。
従者のレモリーが魔法で風呂を沸かしてくれるというので、ありがたく借りることにした。
現代社会からこのファンタジーのような世界へやってきた者にとって、風呂がないのはけっこうキツイ。
高温多湿ではないにせよ、日本人としては風呂は恋しいところだ。
幸い、エルマの屋敷には風呂がある。
しかも精霊術師の従者がいるおかげで燃料費には苦労しないという。
せっかくなので、実際に魔法を使って風呂を焚く場面を見せてもらうことにした。
どんな場面にビジネスのヒントがあるか分からないし。
異世界で魔法を見るなんて、少しワクワクする。
「当家の従者レモリーは精霊魔法の使い手なんですよ」
「はい。恐れ入ります。水と火の精霊にお願いをして、浴槽にお湯をはらせていただきます」
従者レモリーは暖炉に手を突っ込むと、小さな火の塊のような物をつまんで手のひらをかざした。
「うわっつ……熱いだろレモリーさん?」
「いいえ。問題ありません。我ら精霊使いの手は、精霊の了解が得られれば火にも触れられますし風や水もつかむことができます」
レモリーがパチン! と指を鳴らす。
すると小さな火の塊は、クルクルと彼女の周りを廻りながら後をついてくるようになった。
続いて桶にためた水に対しても指を鳴らす。
火と水の精霊を連れたレモリーは、浴室までスタスタと向かって行った。
これが精霊魔法か……。
俺は目を丸くしながら、レモリーの後に続いた。
「はい、お客様。こちらが当家のバスルームになります」
「伯爵家の風呂といっても、意外に質素なんだな」
「まあ、元・現代人のあたくしとしては改装したいところですけれどもね♪」
「いいえ、お嬢様。当家には先立つものがございません」
「わかっていますわよ、レモリー!」
伯爵家の浴室といっても、非常に簡素なものだった。
石造りの浴室は、俺たちの世界のユニットバス程度の広さしかない。
ケガを防止するためなのか浴槽の底には木の板が沈められている。
当たり前の話だがシャワーはついていない。
「でも直行さん、ここ5~6年ほどで、庶民の使う公衆浴場は豪華になってきているらしいですよ♪」
「転生者か被召喚者が日本の銭湯文化でも持ち込んだか」
「でしょうね♪ おかげで疫病の発生も近年ほとんど見られなくなったとか」
俺とエルマが雑談をしているわきで、レモリーは精霊を操作していた。
周囲を飛び回る炎と水が、彼女の両掌の上で静止している。
まるで命令を待つ犬のようだ。
「はい、直行さま。湯加減はいかがいたしますか?」
ポカンと見ている俺に、レモリーが訊いてきた。
「俺は熱めが好きなので41度くらい……って、レモリーさん温度はどうやって分かるの?」
「いいえ。精霊には温度なるものは分かりませんが、直行さまの心地よさを察知して微調整できるよう火の精霊には伝えておきます」
「すごいな、精霊魔法」
「はい。無理な願いは叶えてくれませんが、私に想像できて精霊にできる範囲であれば可能です。たとえば厨房での火加減や、部屋の掃除や草むしりなども、対応する精霊にお願いして行います」
なるほど、ワンオペで屋敷の手入れができるのも、精霊の協力があればこそか。
「ちなみにレモリーは、トイレの洗浄なども水の精霊術で行いますからね♪」
「はい。用がお済になられましたらドアの外で声をおかけ下さい」
「大の時は温水洗浄便座みたいなこともやってくれますよ♪」
感心している俺に、エルマが得意げに補足した。
いや、さすがにそれは恥ずかしいな。
ただまあ、トイレットペーパーもないだろうし。
お世話になるよりほかないか。
「はい。火と水の精霊に命じます。この浴槽を浄化し、心地よい温水で満たしなさい……」
レモリーの術によって、ものすごい勢いで浴室は蒸気で満たされていった。
それにしても、この世界の日常は魔法と共にあるんだな。
そういえば昨日のBARのトイレにも、魔法石のようなものに触れて水を流す仕組みがあった。
これほど日常に魔法が密着してるのに、なぜマナポーションの需要がないのだろうか。
ありそうなものだけれどな。
「レモリーさんにひとつ質問があるんだが。今の魔法でMPどのくらい消費した?」
「はい。お湯を沸かす程度の精霊術ならば1日20~30回は行けます」
「当家が誇るレモリーは精霊術師として一流ですからね♪」
「いいえ、恐れ入ります、お嬢さま…」
「あたくしも良い従者を持って、誇らしいですわよ。水洗トイレに、毎日シャワーも浴びられるのはレモリーのおかげだもの」
「いいえ……いや、その……はい。あ、ありがとうございます」
レモリーは耳を真っ赤にしてうつむいてしまった。
ちょっとかわいい。
「なるほどなー。魔法ってのは本当に、この世界での生活になくてはならないものなんだな」
「いい機会だから、直行さんにも魔法についてカンタンに教えて差し上げないとね♪」
浴室のお湯が沸くまでの間、エルマと従者レモリーに、ザックリと魔法について解説してもらった。
この世界の魔法体系は大きく分けて4つ。
一般的に魔法と言えば『属性魔法』を指す。
眠らせたり、光弾を出したり、自身の魔力でいろいろな現象を起こす。
自然界に浮遊する精霊の力を借りて自然現象をコントロールする『精霊術』。
火、土、水、風など、その場に精霊がいないと使えない。
奇跡の力で人を癒したり、敵に罰を与える『神聖魔法』。
神様の力を借りる魔法だそうだ。
異界から人や物体を呼び寄せる『召喚術』。
他にも物質の原理を組み替える『錬金術』や、『スキル』と呼ばれる固有の特殊能力などがあるという。
「……じゃあ俺をこの世界に呼んだエルマは『召喚術』の使い手というわけか。すげーな」
俺が感心すると、エルマは一層得意げになった。
「『召喚術』はこの中でも近年もっともホットな魔法ですわ。以前はどこぞの異界から『悪魔種』や『魔獣』を召喚して使役するだけでしたが、21世紀の文明社会を知る転生者や被召喚者が使えば〝〇次元ポケット〟みたいな効果が期待できますからね」
「それな」
「もっとも、そのためには対象を〝よく知っている〟〝明確にイメージできる〟必要がありますけどね」
「だったら何で俺を召喚できたんだ? お前は俺のことなんか知らなかったわけだろ?」
俺の問いにエルマは少し沈黙して、レモリーと顔を見合わせた。
確か〝無理をした〟と言っていたような気がするが……。




