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144話・熱情の律動


 俺たちの完全勝利は目前だった。

 紅の姫騎士リーザは秘薬(ひやく)を4本も打たれて苦しんでいる。

 戦闘能力は、完全に封じ込んだ。


 聖騎士4人は、鎧の中に染みた水を熱し直され、幾度となく軽いやけどに苦しめられていた。

 神聖魔法の回復術で、その都度やけどは回復するが、下着にしみ込んだ水分が蒸発してしまわない限り加熱による熱湯攻撃は繰り返される。

 苦しそうにのたうち回る聖騎士4人。


「すげえなオイ、あの(あん)ちゃん完勝じゃねえか」

「接吻と媚薬と熱湯で敵を翻弄(ほんろう)するなんて、ただの助平(すけべい)じゃねえな」


 観客からは、感嘆とあきれ果てた声が上がっている。

 正直、自分でもとても褒められた戦い方ではないが、実力差を跳ね返すには狡猾な手に頼る他ない。


 俺はリーザのところへ行き、手を取った。


「ああんっ。やめ……ろ。触れる……な!」


 手を掴んだだけなのに、リーザは大げさな呻き声を上げる。

 すでに体中が火照っている。

 掴んだ腕まで汗ばんでいるのが分かった。


挿絵(By みてみん)

 

 俺は深呼吸し、彼女を助け起こすと場外へ連れ出そうとした。


 しかし、その先にはレモリーが仁王立ちして立ちはだかっていた。


「いいえ。直行さま。その役目は私が担います。直行さまは聖騎士たちを場外までお願いします」

「いや待て。お前の方こそ聖騎士にかけた熱湯の調整があるだろ」

「いいえ。彼女を連れて行きながらでも、そのようなことは可能です」

「……」


 レモリーは目を吊り上げている。

 冷静なふりをしていても、体中から怒りがこみあげているのが分かる。


「おっ、さっそく修羅場だぜ、あの(すけ)こまし」

「見ろよ、あの別嬪(べっぴん)の顔。あれは相当おかんむりだぜ。なあオイ」

「しかし女の嫉妬ってのは怖いねえ、食人鬼(オーガ)が可愛く見えるほどの鬼の形相よ」


 こうなっては仕方がない。

 俺はその場をレモリーに任せて、魚面の方へ歩み寄る。


魚面(うおづら)、食人鬼(オーガ)に命令してくれ。聖騎士を連れて場外へ行くように!」


 俺は成り行きを見守っていた魚面(うおづら)に号令をかけた。

 彼女は先ほどから何も答えなかったが、一応は命令を下しているようではある。


「……ゴガアアア」


 食人鬼(オーガ)たちは、戦斧を地面に落とし、聖騎士を掴み上げて運んでいる。

 やけどにのたうち回りながらも、抵抗しようとするが元々の筋力が違いすぎた。

 そのうち何人かは、お姫様抱っこのような恰好で場外へと運ばれていった。 


 鈍い金属音がして、聖騎士が次々と場外に落とされていく。

 ()()()()()()()

 

「ちょっと待って、どういうことだ」


 確かに、聖騎士たちとリーザさえ落としてしまえば俺たちのチームの勝利となる。

 食人鬼(オーガ)が決闘場内にいたところで、勝利宣言に異を唱えなければ裁判は終了だ。

 召喚された魔物がリングに残っていたとしても、俺たちの勝利は変わらないはずだ。


「……」


 しかし俺は少し嫌な予感がしている。

 決闘裁判の途中から、どうも魚面の様子がおかしい。


 俺はリングサイドの知里の元まで走って行った。


「魚面がいま何を考えているか知りたい」

「あたしもそれを言おうと思ってた。彼女はさっきから迷ってる。アンタたちの勝利がほぼ確定してからは特にそう」

「迷ってるって、何を?」

「『独り勝ちが狙えるんじゃないか』って……」

「何だと! おかしいだろ。俺たちが勝てば全員無罪になる。魚面だって例外にしないよ俺は」

「でも、アンタとエルマお嬢ちゃんを完全無罪にするためには、()()()()()()()()()()()()()を否定できない。魚ちゃんはそう考えてる」


 俺の背中に冷や汗が流れた。

 確かに、俺たちの言い分は『暗殺者に襲われた事実』なくしては成立しない。

 その上で、魚面とは示談というか和解というか、罪に問わない旨を宣言するつもりだった。

 要するに『襲われたのは確かだけど、無罪です』と、勝者の権利として、それを言う。

 それは当然、打ち合わせている。


「魚ちゃんもそれで納得していた。でも、勝機が見えたら欲が出たんだ。『私は暗殺者ではない』という無罪の勝ち取り方」

「それって、まるっきりデタラメじゃね? 顔は割れちゃったし、裏社会で仕事できないのは確かだろ」

「決闘裁判のルールは、勝者の言い分が全て。どんなデタラメな理由も、勝てば正当化される」


 そんなデタラメがまかり通るものなのか。

 確かに、ロンレア伯とリーザが開始前に話を合わせていたけど、そんなことも可能……ってことなのか。


「でも、魚面の本当の顔を探す約束はどうなる? 俺たちを裏切ったらアンナだって……」

「それとこれとは無関係だッ。これは私と魚面の利害の一致であって、残念だけど直行の方が部外者だッ」

「彼女はアンタたちを気に入ってる。殺したりするつもりはない。それは確か。でも、独り勝ちしたいとも思ってる。思ってしまったんだ」


 知里は少し悲しそうに言った。

 俺は決闘裁判の舞台上から、魚面を見る。

 魚型の仮面の下は、のっぺらぼうだ。

 でも、彼女の心は俺たちとは変わらないはずだと思ってた。


 あんなに打ち解けたと思ったのは、俺の気のせいだったのか。

 少しやりきれない思いで、魚面から視線を離した。


 

 4人の聖騎士たちは全員落とされたようだ。

 闘技場の上には、魚面の4体の食人鬼(オーガ)が残っている。


 エルマは中央で腕を組み、ふんぞり返っている。

 勝利宣言の準備でもしているような格好だ。


「あれ? レモリーとリーザは?」


 少なくとも、リング上にはいない。

 場外を見渡すと、2人の姿が見えた。

 リーザが抵抗するレモリーを押さえつけている。

 組んずほぐれつ、絡み合ったまま身動きが取れない状態だった。


 リーザはまだ正気を取り戻してはいないようで、荒々しい息遣いでレモリーを組み伏せている。


 レモリーが場外にいるということは、彼女はもう決闘裁判からは退場だ。

 MP切れのエルマと俺の2人だけで、4体の食人鬼(オーガ)&魚面と対峙しなくてはならない。


 俺は目の前が真っ暗になるのを感じていた。



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