143話・まさに外道
「くっ……体が熱い……貴様ら一体……何を……した?」
リーザはその場に立ち尽くし、小刻みに体を震わせている。
すでに顔は紅潮して、額や首筋からは滝のような汗が流れている。
「き……気持ち悪い。早く……回復……しないと……」
秘薬が効いてきたのか、リーザの息遣いが激しくなってきている。
彼女には何が起きたのか理解できない様子だ。
「魔法で解毒されるといけませんから、定期的に打っておきましょう♪」
「あぁん!」
「それ、もう1本♪」
秘薬を3本も打たれている状態だが、エルマは容赦しない。
適度な距離を保ちながら、4発目の薬を打った。
そしてリーザの興奮状態を煽るように、一定のリズムで、手拍子を繰り返す。
パン、パン、パン、パン!
「ああっ! 手拍子をやめ……ろ……頭が変になりそう……ああっ、体が……」
リーザはその場に膝をつき、胸を押さえつけるようにして苦しんでいる。
あまりの様子に、良心的な観客は青ざめ、破廉恥な連中は熱狂した。
「あのお嬢ちゃんが一番イカれてやがるぜ」
「まだ小さいのに大した狂犬っぷりだ」
「一体全体どういう育ち方をしたら、あんなふうになるのか、親の顔が見てみてぇもんだ」
「そこで伸びてるのが父親で、介抱してるのが母親だ」
「何だよ、けっこう普通じゃねぇか」
「普通ってのが曲者よ。一見普通のなりをしてるってのが一番怪しいのさ」
「あれは将来とんでもない毒婦になりそうだぜ」
エルマの極端な性格は、現地人、異界人という枠を超えて際立っている。
「直行さん、今ならあの女騎士にベロチューして手籠めにできませんか? どうです?」
「できるわけないだろ。早いとこ眠らせてやれよ、彼女さすがに可哀そうだよ」
俺とレモリーは、恥ずかしそうに顔を見合わせた。
あの手拍子を聞いていると、俺もエルマに媚薬を打たれた時の感覚が蘇ってくる。
「リーザ様の様子がおかしい!」
「各員、この場を放棄してリーザ様の回復に当たれ!」
こちらの異常事態に気づいた聖騎士たちが、食人鬼との戦線を放棄して駆け寄ってくる。
「気づかれましたわね……」
「『魚面』何してる! 追撃命令を出せ! 聖騎士を後ろからはったおせ!」
「……」
彼女は答えなかった。
しかし命令は出したのか、3体の食人鬼たちは聖騎士を追っている。
重装備の聖騎士たちと、身長2m以上の鬼たちが迫ってくる様子は圧巻だった。
「マズいですね直行さん、女騎士だけでも場外に落としてしまいましょう♪」
「いや待て、良い手を思いついた。もう一度お湯を召喚できるかエルマ?」
聖騎士たちの注意が、一斉にリーザに向けられている今こそ、絶好の機会だ。
「でも、相手は走ってますから、当たらないですわよ」
「呼び出してくれるだけでいい。レモリー、水の精霊術でお湯を操作できるか? いつも風呂にお湯を貯めてるアレ」
「はい。水流操作ですね。手慣れています」
「なるほど、さすが直行さん。その手がありましたか♪」
エルマは納得したようで、召喚の術式に入った。
俺たちの手前の上空に、魔方陣が出現し、煮えたぎった熱湯が現れる。
「これで、МPはほぼ使い切りましたので、確実に仕留めてくださいね」
「レモリーは水流操作で、熱湯を4等分して聖騎士たちに浴びせてくれ」
「はい! 委細承知いたしましたご主人様」
「それと、前に傷口を止血するために、患部を水で覆った応急処置を覚えてるか?」
「はい。どこか怪我をされましたか?」
召喚された熱湯を操作しながら、レモリーが尋ねた。
「前に舌を斬られた奴がいたろ、あいつを止血するために行った処置を応用する。やりかたは真逆だが、鎧の中に染み込んだ、熱湯を固定するのって可能か?」
「はい。やってみます」
実際、舌を斬られたのは俺で、手を下したのはロンレア伯だ。
しかしエルマにこの事実を知られたくないので、秘した。
レモリーもそれを察したのか、すぐにうなずいた。
「直行さん、あたくしに『えげつない』とか言っていたくせに、ご本人の方が外道の戦術を思いつきましたわね♪」
エルマは無邪気に皮肉を言っているが、それでいい。
「そうでもしないと、聖騎士4人になんて勝てないだろ」
「はい! 直行さま、まずは水流操作!」
レモリーは、駆け寄ってくる聖騎士たちに熱湯を浴びせる。
「グッ!」
「熱っ!」
「くそ、同じ手を何度も食うものか!」
聖騎士たちは一瞬だけ、熱さに顔をゆがめたが、すぐに神聖魔法で回復している。
前回は皆でリーザの回復を優先させたが、今回は自分たちをそれぞれ回復すればいい。
「今だ! レモリー」
俺はリーザの方に駆けよりながら、レモリーに号令をかける。
「はい。炎の精霊の力も借りて、火力全開でいきます!」
「全力はダメだ。軽いやけどを繰り返させろ。動けない程度に! だけど執拗に!」
照明用の松明から火の精霊を呼び出し、聖騎士の鎧に染み込んだ熱湯を再び過熱させる。
濡れた衣服を温め、再び熱湯に変える。
炎の矢などの攻撃魔法の瞬間的なダメージとは違い、熱湯のダメージは永続する。
「熱いっ! ぐわあああっ!」
「貴様っ! こんなことをして! 熱い熱い熱い熱い!」
闘技場の上を、4人の聖騎士たちが絶叫しながら転げまわる。
収まったかと思うと、再び熱湯が襲ってくる。
鎧を脱ごうと苦心しても、おそらく下着まで水浸しだろうし、意味はない。
リーザはその様子を、うつろな瞳で、まるで人ごとのように眺めていた。
過剰に摂取した媚薬によって、もはや意識が混濁しているようだ。
「さあ。全員を仕留めるぞ。完全勝利だ!」
「はい!」
俺は拳を突き上げ、仲間たちを鼓舞した。
もっとも、同じポーズで応えてくれたのは、レモリーと観客席のアンナ、スライシャーの3人だけであったのだが……。