142話・イナイ・イナイ・バァ
レモリーの放った風の刃は、紅の姫騎士リーザの衣装を切り裂いた。
金属鎧を脱いだ革装備の下の白い素肌が覗く。
「さすが助平! まだ引ん剝くつもりだぜ」
「間違いねェ。公衆の面前で、すっぽんぽんにする気だ! 俺には分かるぜ。なあオイ」
「紅の姫騎士を真っ裸にさせるなんて、とんでもねえ野郎だな、兄弟」
「いいぞー兄ちゃーん。がんばれー」
「おじさんたちに夢、見せてくれよー」
無責任な一部の観客が、異様に盛り上がっている。
しかし俺の目的は服ではなく、ダメージなのだが。
皮膚も切っているはずだが、瞬時に再生されていく。
「直行、リーザはたぶん自動回復を使ってる。半端な攻撃は意味ないよ。ステータス異常を引き起こして場外に落とすのが最適解だね」
場外から知里がアドバイスをくれた。
「観客も言ってたけど、大観衆の目の前で全裸に引ん剝くって手もある」
「それやったら、とんでもない遺恨が残るよ。法王庁はもちろんのこと、アンタの愛人にも……」
俺は横から鋭い視線を感じた。
「いいえ。ご主人様のご命令とあれば左様にいたしますが。そうまでしてあの女性の裸が見たいですか。直行さまは本当に女性がお好きなのですね」
レモリーは平静を装っているが、怒っている。
「作戦変更だレモリー、リーザの足を止めよう。例の植物で足をかけた後、石礫を」
「はい。仰せのままに」
こちらの様子を伺っていたリーザが、動いた。
光弾を放ちながら、そのまま突撃してくる。
「伸びなさい! 蔓草よ」
レモリーは俺にやったように、床の隙間から生えた雑草を触手に変化させて転倒を狙う。
リーザは刺突剣で触手を切り裂き、光弾を放つ。
俺は鏡張りにした凧型盾の裏側に右手を添えて防御態勢を取る。
ついでに光の反射を利用して、リーザに太陽光を当てようとするけれど、これはうまく行かない。
「うぐっ……」
盾ごしに衝撃が伝わって、俺は仰け反ってしまった。
その一瞬の隙をリーザは逃さない。
喉元を狙って雷光のように鋭い突きを放った。
これは、回避できないと直感的に思った。
俺の脳裏を死がよぎった。
「直行さま!」
間一髪、レモリーの放った石礫がリーザの横面に雨のように降り注ぐ。
距離が近かったため、俺も巻き添えを食らったけれど、刺突剣の剣先を逸らしてもくれた。
喉元を狙った突きは、俺の鎖骨の上、首と肩の間当たりの肉を少しちぎった。
鋭い痛みが首筋に走る。
石礫の直撃を受けても、リーザは止まらない。
突き出した刺突剣を引き際にしならせて再度、俺の首を狙う。
「くっ?」
突然リーザは攻撃の手を止めた。
首の後ろ側に手をやり、ピンク色の矢を引き抜くとその場に捨てた。
リーザは怪訝そうに後ろを振り返るが、視線の先には何もない。
しきりに首を気にしているが、何があったのか俺にも分からない。
「はい。今です!」
レモリーが石礫を仕掛ける。
ありったけの魔力を込めた最大出力なのか、その辺の小石が短機関銃のようにリーザを襲う。
「くうううっ!」
さすがにリーザの足が止まる。
……!
そこで俺は気づいた。
雨あられと降り注ぐ石の合間に、そこだけ何もない空間がある。
正確には、横殴り石の雨が、50㎝ほどの間隔で消えている。
まるで台風の目のように、一か所の周辺が何ともなく観客席を映している。
いや、よく見ると遠近感がおかしい……というか、その周囲だけが景色から浮いている。
俺が近づいてみると、空間がおかしいことに気づいた。
注意深く見ると、しゃがみこんだ人型をしている。
その先には、吹き矢の先端が見えている。
「エルマか!」
「直行さん、久しぶりですわね」
おかしな空間をはぎ取るように、エルマが現れた。
泣き止まない赤子に対してやるような「いないいない、ばあ」をしておどけている。
「飛竜と戦った時にやった、なんちゃって光学迷彩をバージョンアップしましたの。周囲の風景を写真のように、スキル『複写』で白衣に写し取ったんですのよ♪」
確かに裏地は白衣。
アンナが脱いだのは、そのためだったのか。
あの時に示し合わせて、エルマは隠れていたということか。
「媚薬を3本も打ち込んでやりましたわ♪」
得意げに小躍りするエルマが、まるで小さな悪魔のように見えた。
リーザは身体の異変を感じ出したのか、こちらを睨んだままモジモジしている。
神聖魔法の光弾を放とうとして、失敗した。
集中力が整わないらしい。
「だけどエルマよ。場外の味方からモノを受け取ったりして、失格にならないか?」
「あの錬金術師はただの観客ですわ。興奮して上着を脱いで場内に投げ入れたのを利用しただけ。何か問題でも?」
まあ、それを言ったらレモリーが利用した石礫の石の多くが観客が投げ入れた物だ。
そもそも召喚魔法だってアウトだろう。
「それにしても危なかった。助かったよエルマ」
「あの女騎士は堕ちましたわ。直行さまお待ちかねの〝くっ……殺せ〟が見られると良いですわね♪」
エルマは悪魔のように笑った。
別にそういう展開に関しては待ち望んでいるはずもなかったけれど、どうにか勝機が見えてきたのは確かだ。