141話・キャスト/オフ
「紅の姫騎士が、髪を切り落とした?」
「回復魔法が毛先までは間に合わなかったのか?」
観客席からは声援が消え、どよめきが巻き起こっている。
リーザは腰まであった髪の毛を肩ぐらいで切り落とした。
どんな心境でそんなことをしたのか、俺には知るよしもない。
「ケジメみたい。素人同然のアンタたちに、良いように翻弄された、あの娘なりの……」
知里が、リングサイドで呟いた。
他人の思考が読み取れるスキル『他心通』でリーザの心を読んだ。
大歓声の中でも、リングサイドにいる知里の声が届くのはレモリーの風の精霊術によるものだ。
携帯電話、とまではいかないが、無線機の代わりには十分だった。
「直行、戦闘中すまないが、その紅い髪の毛拾っておいてくれッ! スキル結晶の検体にするッ」
錬金術師アンナがとんでもないことを言っている。
その隣、リングサイドの端に立ったエルマがアンナに耳打ちをしている。
「エルマの奴、援護もしないで何やってんだよ……」
「私の髪でスキル結晶だと?」
一瞬、リーザが嫌悪感を示し、靴の先で落ちた髪の毛を払った。
そしてなぜか、彼女は俺たちの見ている前で板金鎧を脱ぎ始める。
余裕なのか、隙だらけだ。
「はい! 隙ありです」
「戦闘中に着替えなどお気楽だな!」
レモリーは闘技場の照明用の松明から、精霊魔法の炎の矢を飛ばす。
俺は落ちていた幅広剣を拾って、リーザめがけて投げつける。
「遅い!」
紅の姫騎士は俺が投げた剣を刺突剣で弾く。
それと並行してにレモリーの炎の矢を魔力抵抗でしのぐ。
この二つをほぼ同時にこなした後、悠然と鎧の接続部分をほどいていく。
刺突剣を右手に構えたまま、左手で器用に各部を外していく。
肩当と籠手を外し、脛当てと鉄靴以外は鎧を脱いだ格好だ。
この隙にレモリーは何度か炎の矢を撃ち込んだが、魔力抵抗された。
「おい、リーザ様が鎧をお脱ぎになられたぞ」
「何だあの助平、また何かしやがったか」
「けしからん、全くけしからん野郎だなオイ」
「しかしよォ、リーザ様って意外とむちむちしていて良い塩梅じゃねえか」
「あんまりジロジロ見たら失礼だが、目が離せねえよ」
リーザは鎧の下に、鹿か何かの獣皮をなめしたベストとズボンを着こんでいた。
ぴっちりとしたシルエットで、かなり動きやすそうな格好だ。
脱いだ鎧を揃えて置くあたりに、几帳面さを感じる。
「気をつけて直行。あの娘は戦闘スタイルを魔法をメインにしたものに変えるつもり」
「注意深く見れば紅い毛が落ちているだろう。拾えッ! 貴重な検体だッ」
知里の声を受け、俺は身構える。
……が。
アンナもなぜか着ていた白衣を脱いでいた。
闘技場の熱気で暑いのだろうか。
それにしたってリーザと一緒に脱ぐこともないだろうに……。
真っ赤なチューブトップとカーゴパンツっぽい上下は、錬金術師とは思えない格好だ。
アンナに目を奪われていた俺は、闘技場にエルマの姿がないことに気づいた。
「エルマはどこだ? 魚面、そっちの戦況は?」
消えてしまったエルマを探す。
まさか、場外に落ちたのではないだろうが……。
食人鬼と聖騎士の戦いも、奇襲などなかったかのように再開されている。
魚面は、後衛に守られながら戦局を伺っている。
「くそっ! 聖騎士を一人も仕留められなかったか!」
重量級同士の戦斧と鎚鉾が激突する鈍い音が、場内に響いていた。
魚面は、護衛に付けていた2体のうちの1体を前線に回している。
だが、4人の聖騎士は連携して回復に攻撃にと、手際よく戦っている。
「直行、よそ見しないで盾を正面に!」
「神聖なる光弾よ敵を撃ち抜け!」
知里の声と同時に、リーザの左手から光弾が唸りを上げる。
俺は凧型盾に身を隠しながら衝撃に備える。
「左から刺突剣が来るよ!」
「ぐっ!」
正面から光弾、左から剣先が迫る。
俺はまず盾で光弾を防いだ。
「痛ってぇ」
光弾魔法の衝撃で、盾を持つ手がしびれる。
俺の体に埋め込まれた『回避+3』が、最大限の警戒レベルで危険を知らせている。
俺は右方向に飛んだ。
それでも刺突剣は鞭のようにしなって、盾の合間から腕の肉をえぐる。
「次、足を狙ってる! 飛んで!」
風の精霊を経由して会話をするため、誤差がある。
この時間差があるため、どうしても回避し切れない。
俺は左足のつま先に傷を負った。
鎧を脱いだリーザは、攻撃速度が格段に上がっている。
騎士として腕を磨き続けたリーザと、素人の俺との実力差。
致命傷を避けつつ、逃げ回るだけではいつか捕まる。
体力だって、俺の方が先にバテてしまいかねない。
「はい。援護します直行さま!」
「ぬるい!」
レモリーが炎の精霊術で攻撃してくれているが、ことごとく魔力抵抗されてしまっている。
それにしても、エルマはどこに行ったんだ?
リーザの攻撃から逃げ回りながら、俺は彼女を探しているのだが見当たらない。
リーザを3人がかりで攻め立てる手筈だった。
俺は囮になって敵を引きつけ、回避に専念する。
エルマは毒攻撃、レモリーは火の精霊術による魔法攻撃。
最低でも、3人いないと防戦一方だ。
「レモリー、奴には火炎耐性があるっぽい。石礫か風の刃で攻撃しよう。とにかく足を止めるんだ!」
「はい! ご主人様の仰せのままに!」
リーザはレモリーには一瞥もくれないで、ひたすら俺を狙って攻撃してくる。
騎士として、あくまでもリーダーを狙う戦術なのだろうか。
攻撃力ならば、俺よりもレモリーの方が高いというのに……。
「大いなる風よ、敵を切り裂け!」
レモリーの詠唱と共につむじ風が巻き起こり、リーザを襲う。
風の刃とは言うが、厳密には巻き上げられた小石などが刃のように肌を切り裂く精霊術だ。
俺は巻き添えを食らわないように盾を構えて距離をとる。
風の刃は、紅い姫騎士リーザの身を包んでいた鹿皮鎧を切り裂いた。
一瞬、血潮が舞い上がるが、傷口はすぐに神聖魔法によって回復されていく。
腕や腹などは白い肌が微かに露わになる。
「いいぞォー兄ちゃーん! 手籠めにした情婦に姫騎士をひん剥かせるなんて、なんて畜生なんだ!」
「この恥知らずな助平! 地獄に落ちろ!」
「おい見ろよ、場外の連れも脱ぎやがって、こらァ前代未聞の決闘裁判だなオイ!」
俺たちの真剣勝負をよそに、場外では一部の観客たちが盛り上がっている。
下卑た男の野太い声が、異様な興奮に包まれた闘技場内に響き渡った。