140話・お湯をかける少女
「煮え湯、飲ませますわよ♪」
エルマは、リーザと聖騎士たち4名の頭上に、熱湯を召喚した。
空中に描き出された魔方陣から、煮えたぎる湯が降り注ぐ。
「あ?」
思いもしなかった相手からの攻撃に、虚をつかれたリーザたち。
回避する間もなく、煮えたぎる湯は鎧の隙間に染み込み、皮膚を襲った。
「ぐわああああ」
「ちゃあああ!」
「貴様あぁぁぁぁ!」
紅の姫騎士リーザ、そして4名の聖騎士たちは絶叫しながらのたうち回り、体をかきむしる。
「バカなッ! 水と火の精霊術でなくて、熱湯を召喚しただとッ? お嬢ちゃん、どうやったッ? 教えろッ!」
「……ソンナ召喚術の使い方がアルのか?」
アンナが場外で興奮して叫んでいる。
一方、魚面は唖然としながら硬直している。
凄腕の召喚士と錬金術師の目には、エルマの召喚方法が奇異なものに見えたようだ。
重装備の騎士に熱湯をぶっかける。
中世ヨーロッパの攻城戦などでも行われた戦法だ。
まさか召喚術と組み合わせるとは予想外だったか……。
同じ召喚士でも、魔物を召喚して使役する『魚面』とは、戦闘スタイルが違いすぎる。
それにしても……残酷だ。
聖騎士たちがもだえ苦しむ様子は地獄絵図のようで、俺は背筋が寒くなった。
「エルマ、あまりえげつない事は……」
「煮えたぎる油をかけないだけ、良心的だと思いますけど? 法王庁の連中は皆、神聖魔法の使い手ですからね。回復される前に、とっとと場外に落としてしまいましょう」
エルマに言われるまでもなく、俺はのたうち回る聖騎士の一人を転がそうとした。
その瞬間、目の前に剣先が光る。
剣を突き立てていたのは、リーザだ。
俺は慌てて身をよじって回避する。
「痛っ!」
魔法の炎に包まれた刀身が左腕をかすめ、血がにじんだ。
しかしリーザにばかり気を取られていてもダメだ。
「何してる魚面! 食人鬼4体で総攻撃だ! 聖騎士たちを場外に落とすんだ! 頭数を減らせ!」
俺は魚面に指示を飛ばしつつ、リーザと一定の距離を置く。
──つもりが、間合いを詰められた。
彼女は俺を「次に倒すべき敵」と認識したようだ。
「どうやら貴様が、このチームの真のリーダーのようだな」
どうやって頭上から降り注ぐ煮え湯を避けたのか分からないけれども、彼女は無傷だ。
……いや、彼女はずぶ濡れだ。回避はできていない。
額や首筋に火傷の跡が小さく残っている。
あの一瞬で、他の聖騎士たちが回復させたのか。
すごい忠誠心と、判断力、精神力だ。
「お連れさん、やけどしてるんじゃないか? 回復してやったらどうだ」
「神聖騎士団を舐めるな。各自それぞれ対処する。私の標的は貴様だ」
リーザは有無を言わさず、突進してくる。
俺は横に飛んで刺突剣を回避する。
身体に埋め込んだスキル結晶『回避+3』の効果もあって、格上の騎士の攻撃も辛うじてかわせた。
しかし……。
「痛っ! またかよ!」
今度は右のふくらはぎにダメージを負った。
避けたつもりでも、リーザの魔力付与の術式がかかった刺突剣は、細い見た目よりも攻撃範囲が広い。
「……っと!」
息をつく間もなく、リーザは連続で突き技を繰り出してくる。
知里は「重装備で刺突剣なんてありえない!」なんてディスってたけど、とんでもない。
斬撃と違って、突きは避けるのが難しい。
鏡の凧型盾の隙を突いて狙ってくる。
しかも、魔力付与によって刀身に青白い炎を纏い、攻撃範囲を広げている。
さすがに、手強い。
魔法騎士のリーザならではの戦闘スタイルとして磨き上げられていた。
戦力を一気に投入して、まずはリーザを倒すべきだった。
そんなことを思ったところで、後の祭りだ。
「降伏したまえ。何も生命までは獲らん!」
次第に距離が縮む。
刺突剣の間合いに入ってしまう。
もはや全力で逃げる以外に、俺に打つ手はなかった。
磨き上げられた剣技と、にわか仕込みの回避能力では話にならない。
「あああああっ!」
ところが、
突然、リーザが顔を抑えてその場に崩れ落ちた。
焦げ臭いにおいがする。
闘技場の松明から、炎の矢が伸びてリーザに命中したのだ。
レモリーによる炎の精霊術だ。
「いいえ。私のご主人様に狼藉は許しません!」
「レモリー!」
俺と戦っていた時は石礫や風の刃だったが、リーザにはいきなり顔面に炎攻撃。
彼女が、怒らせてはいけないタイプなのは知っていたけれども。
「聖なる意思を持ちて、傷を癒さん!」
顔面を焼かれたリーザは、すぐさま回復魔法で傷口を修復する。
しかしきれいに編まれた紅く長い髪の先は焦げたまま。
「……」
彼女は強い決意の眼差しで、腰まであった髪を肩の部分で斬り落とした。
闘技場に紅い髪束が落ちる。
振り乱されたリーザの紅い髪は、まるで炎のように揺らめいていた。




