139話・戦術の才能
「ゴオォォォ!」
戦斧を手にした食人鬼2体は、地響きのようなうなり声を上げた。
対する神聖騎士団の副団長以下4名は、板金鎧を身にまとい、槌矛で応戦する。
二手に分かれた彼らは、それぞれ2体の食人鬼と相対している。
「推して参る!」
「飛竜隊の底力を見せてやる!」
重量級同士の力VS力の激闘が、繰り広げられていた。
「いいぞ皆! 2体1の状況を崩さず応戦! 戦況はこちらが有利だ。推しているぞ!」
紅い髪の女騎士が、檄を飛ばしながら聖騎士たちを援護している。
神聖騎士団の指揮を執るのは紅の姫騎士リーザ・グリシュバルト。
彼女は遊撃手として臨機応変に敵の隙を突き、味方をカバーする。
右手に持つ刺突剣には魔力付与の術式をかけている。
青白い炎を纏っている剣先は、前衛2体の食人鬼の傷口を燃やし、ジワジワと追い詰めている。
「グルルルル!」
「ガアアア!」
後衛2体の食人鬼は、召喚者の魚面を護っている。
武器は持っていないが、全身が筋肉の鎧に覆われている。
そのため、リーザの攻撃も魚面までは届かない。
しかし、魚面はノーダメージではあるがリーザに押され始めている。
「ねえ直行さん。あの仮面の召喚士、いっそのこと食人鬼4体を聖騎士に当てたら、逆に押し切れるのではなくて?」
戦況を見ていたエルマが言った。
確かに、一理ある。
「ただ魚面は物理戦闘は得意じゃないから、騎士たちのカウンター攻撃を警戒しているんだと思う」
実際、戦闘経験のない俺でさえ抑え込むことができる程度だから、聖騎士やリーザの速攻あるいはカウンター攻撃には対応できないだろう。
それでもやはり、勝負をかけるために戦力の一斉投入をすべきだったと思う。
魚面の用心深さと物理戦闘力の弱さが裏目に出た。
彼女の戦術には甘さがあったと言わざるを得ない。
もっとも俺たちは、そんな彼らに弱者とみなされ、見向きもされないわけだが。
「さてエルマ。魚面に加勢して戦局をひっくり返してやろう」
「ですわね♪ どう捌きましょう?」
戦況をおさらいする。
聖騎士2人と食人鬼1体がほぼ互角。
遊軍としてリーザが地道に攻撃している。
敵は聖騎士4人とリーザ。
「俺としては、リーザを急襲して場外に落とす。女王の退場後は、俺たちで魚面の護衛をしつつ食人鬼4体の全戦力を聖騎士に当てたらゲームセットだ」
まずはリーダーを取りに行く。
戦術の常道だろう。
「あたくしはむしろ聖騎士たちの頭数を減らすのが良いかと考えていますわ♪」
「俺の意見と真逆だな。理由は?」
「リーザの力が未知数なことです♪ あの『頬杖』さんが手こずる相手ですよ?」
しかし街道沿いのマナポーション防衛戦では、知里は相手を傷つけないという枷を負っていた。
「知里の自己評価によれば、自身が85点でリーザが50点だそうだけど……」
「だとしても、あの紅い三女、あたくしや直行さんよりは格上でしょう。レモリーでもマトモに戦えるかどうか」
「いいえ。私は直行さまのご命令とあれば、いつでも命を差し出す覚悟です」
「そういうのはよしてくれ。それよりレモリーはこの戦局、どう見る?」
ロンレア家の家事全般を一人でこなしていた上に、飛竜とそこそこに戦えたほどの精霊使いだ。
「リーザ様は魔法剣士です。正直に申し上げて、私の精霊術との相性は──」
「あたくし初手の奇襲で、聖騎士4名を、確実に仕留める策を思いつきましたの♪ 思いつきましたのよ♪」
レモリーの話の途中で、邪悪な笑みを浮かべたエルマが割り込んでくる。
スキップしながら、人差し指を立てて魔法少女のやるような動作をしている。
要するに「あたくしにやらせろ」という意思表示だ。
「分かった。エルマの好きなようにやれ」
「さすが直行さん♪ 話が分かりますわね♪」
「ダメだったらエルマは下がれよ。俺が前線に出て敵陣を引っ掻き回す。レモリーは援護を頼む」
「はい。仰せのままに直行さま」
本来であれば、バトルロイヤルの最中に、こんな悠長な打ち合わせなどできないだろう。
今回はたまたま聖騎士たちに雑魚だと思われていたことが幸いだった。
魚面の召喚した食人鬼と聖騎士の戦力が拮抗していた点も、こちらに有利に働いた。
「それでは、あたくしによる奇襲をご覧あそばせ♪」
エルマは大きく魔方陣を描いている。
聖騎士たちの頭上に、大きなゼリー状の水が渦を巻いて湯気が上がっている。
彼女が召喚したのは、熱湯だった。




