136話・愛する or die
容赦なく飛んでくる大小の石礫は、かつてないほどに激しい。
「レモリー! やめてくれ。頼む」
俺は、凧型盾を構えて、彼女の魔法攻撃をしのぐ。
頭や体の中心部は守れているが、足まではカバーしきれない。
とくに脛、いわゆる弁慶の泣き所に直撃した時の痛みは強烈だ。
この状態が続くと、俺は遅かれ早かれ倒れ込む。
「レモリー、やめなさい!」
エルマが割って入って、レモリーの腕に噛みついた。
まさに小さな狂犬の面目躍如だが、助かった。
いきなり、噛むなんて驚きだが……。
俺は、盾と吹き矢をその場に置いた。
痛みをこらえながらレモリーに駆け寄り、両腕を押さえつける。
「レモリー、もうやめろ!」
「いいえ! 命令に従います。それが私のすべきことです!」
レモリーは顔を、くしゃくしゃにして泣いていた。
普段のクール&ビューティーな面影が全く見られないほど泣き崩れていた。
涙の理由が怒りなのか、悲しみなのかは分からない。
とにかく激しい感情をむき出しにしている。
そうして彼女は俺の手を振りほどこうと、体をよじる。
「嫌だから泣いているんだろう? やめろよ。やめて良いんだよ」
「いいえ! 離してください。私は、命令に従い、直行さまを殺さなくてはなりません!」
「おい!」
彼女は、自分の言っていることが理解できているのだろうか。
錯乱しているわけではない。
受けた命令と、自分の感情と、目の前にいる人物が結びついていない。
そんなレモリーの反応に、むしろ俺の方が動揺してしまった。
「あぎゃっ!」
石礫で怪我をした脛に、レモリーのつま先が当たった。
彼女が身をよじって俺から離れる際に、蹴った足が入ってしまった。
「痛ぇっ、痛たたた!」
もんどりを打って倒れた俺に、触手のようなつる草が絡まる。
それを振りほどきながら、どうにか体勢を起こした。
「何が命令だ! 考えることを捨てるんじゃない!」
スキル結晶の効果で自分じゃないみたいな素早い動作で起き上がると、俺はレモリーにタックルを仕掛けた。
彼女の腰にしがみつき、そのまま押し倒す。
2人とも倒れて、闘技場の石畳をもみ合いになりながら転がりまわる。
「いいえ! 私には〝ない〟から! 奴隷の居場所は! ご主人様の命令の中にしか! 〝ない〟のです!」
レモリーの金色の髪が俺の頬をかすめる。
絹のように滑らかな感触と甘い香りが、決闘とは場違いな感情を呼び覚ます。
俺は、レモリーの体を強く抱きしめた。
「居場所なら俺がつくってやる! お前は言ったろう。〝はい〟か〝いいえ〟だけじゃない生き方は新鮮だったって!」
「ですが、逃げても良いことなんて、ないから!」
「逃げなんかじゃない。幸せになるんだ。こんなところにいたって、レモリーが幸せになれる要素は少しもないだろ」
振りほどこうとするレモリーを、懸命に押さえつける。
「直行さまお願いです。私に命令を遂げさせてください」
「何を言ってるんだ、そうすると俺は死ななきゃならないだろ! 自分の言ってること認識できてる? 頼むから冷静になってくれ!」
俺はレモリーを抱きしめながら、すがるように諭した。
しかし彼女は聞く耳を持たない。俺から逃れようと、必死で暴れている。
両手を抑え込んでいれば精霊術は使えないのか、この状態では単純に筋力勝負となる。
「お取り込み中のところ、すみませんが直行さん。吹き矢を借りますわよ♪」
「は?」
背後からエルマの声だ。
一瞬、誰が何を言っているのか分からなかった。
レモリーを押さえつけながら、俺は肩越しに振り向く。
そこには吹き矢を拾ったエルマが立っていた。
「何をするつもりだ?」
「そのままレモリーを押さえつけていてくださいませね♪」
エルマは驚いている俺に近づくと、ホルスターから矢を取り出して装填した。
「直行さんと間接キスですわね♪」
小生意気な笑顔を向けながら、余計な一言とともに吹き矢を構える。
何のためらいもなく、至近距離から矢が放たれた。
「……ウッ!」
小さなうめき声を上げるレモリー。
吹き矢は彼女の左肩に命中した。
ピンク色の矢が、体から生えたように突き刺さっていた。
「ちょっと待てエルマ。この矢って、おい……」
「色事に疎い従者と朴念仁の直行さんは、媚薬の力を借りると良いですわ♪」
エルマは含みのある笑みを浮かべて、俺の肩に吹き矢を放った。
「え?」
「媚薬で燃え上がれ、中年の恋ですわ♪」