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134話・鏡よ、鏡


 左腕にミラーシールドを装備した俺は、幅広剣(ブロードソード)をその辺に置いた。

 利き腕の右手に持つのは吹き筒だ。


 ロンレア伯に、催眠の矢を撃ち込む。

 そのために厄介なのはただ1人。

 従者レモリーの精霊術だ。 


「レモリー、目を覚ませよ」

「……」


 何度か声をかけたものの、彼女は答えない。

 再教育されたとかどうとか言ってたが、考えることを放棄しているようだ。

 俺は鏡の盾をレモリーに向けた。

 彼女の顔が映るように。


挿絵(By みてみん)


 自分が今、どんな顔で俺を攻撃しているかを見てもらうために。


「レモリー、奴の足を止めろ! やれ! 異界人を殺せ!」


 ロンレア伯は疲れてきたのか、レモリーに攻撃命令を出した。

 当初は自分の手で俺を斬りたかったようだが、攻撃がかすりもしないので手を変えたのだろう。


「はい」


 レモリーは頷きながらも顔をしかめ、鏡から目をそらしている。

 たとえ考えることを放棄していても、感情的な葛藤があるのだろう。

 アイテムや魔法による洗脳ではなさそうだ。


 彼女の表情は何ともいえない苦悶に満ちていた。


「……はい。終わりにします!」

 

 彼女は風と土の精霊を周囲に集め、宙に放った。

 石礫(ストーンブラスト)だ。

 しかも、今までよりも規模が大きい。

 心の迷いに決着をつける気なのか。

 俺も盾がなければ、ただでは済まなかっただろう。


 俺は盾で石礫(いしつぶて)を防ぎながら、ロンレア伯との距離を詰める。

 騎士から盾を盗んだのは、この攻撃に対処するためでもあった。


「直行、本命は下からの植物攻撃!」


 知里の声に、足元に目をやる。

 闘技場の床の下から触手のような草が俺の足をめがけて伸びてくる。


 俺は後ろに飛びずさった後、エルマに接近した。

 レモリーには、エルマを巻き込む攻撃はできまい。


「あたくしを盾にしましたわね? まあいいですけど」

「すまんエルマ」


 俺は鏡の盾を近距離からレモリーの顔の方に向けた。


「レモリー、お前は自分が何をやっているのか分かっているのか?」 

「……」


 彼女は鏡から視線を逸らす。


 今回、わざわざ凧型盾(カイトシールド)を鏡張りにしたのは、心理的な圧迫感を与えるため。

 どうやら効果はありそうだ。


「レモリー、鏡に映っている自分の顔をよく見ろ!」

「奴の言うことなんか聞くな! 私の命令に従うのだ!」


 ロンレア伯が俺に斬りつけながら叫ぶ。


「遅いよ伯爵!」


 単調な攻撃をかわしながら、俺はレモリーに鏡を向け続ける。


 そもそも戦闘中、鏡を見る機会なんて、まずない。

 自分が暴力を振るう姿を見せられながら戦うのは、精神的には(こた)えるはずだ。

 嫌々命令に従っているのであれば尚更だ。


 向こうで戦っている食人鬼(オーガ)や、聖騎士のお兄さんたちには通用しないだろうけど……。


 レモリーは戦闘もできる精霊使いの従者だが、実は美容に関心が高い。

 勇者自治区のホテルに備え付けられていた鏡を、とても興味深そうに見ていたのを覚えている。

 レストランでもそうだった。

 

 自分の顔を見ながらの戦闘は、やりにくいはずだ。


 俺はもう一度、ロンレア伯に狙いを定める。

 レモリーの石礫は盾で防げるが、風を操る術で吹き矢を無効化されるのはマズい。

 足元からの植物攻撃も厄介だ。


「レモリー、やれ!」

「はい」

「いい加減になさい! この洗脳中年従者!」


 鈍い音が鳴った。

 エルマがレモリーを突き飛ばしたのだ。

 不意をつかれて、つんのめるレモリー。


 この瞬間を、俺は見逃さなかった。

 盾を掲げつつ、吹き矢をロンレア伯の首筋めがけて放った。


「プッ!」


 手ごたえはあった。吹き矢なので確かな感じではないものの、3mほどの距離から撃った。

 精霊術の妨害も入らなかった。


「ぐうおおおお!」


 ロンレア伯は半狂乱になって斬りつけてくる。

 この人に斬りかかられたのは何十回目だろう。

 

 催眠剤が効き始めるまで、俺はひたすら回避を続けた。

 すでに彼の足元はフラフラしていて覚束(おぼつか)ない。


 俺の方は最小限の動きで回避できているので、さほどの疲労はない。

 考えてみれば、ロンレア伯からはずいぶんと学ばせてもらった。


「レもっ……殺せっ! この男……を! 命令に……従え! 奴隷……ったら」 


 どうやら薬が効いてきたようだ。

 ロンレア伯の挙動は、電池の切れかけたオモチャのように不自然でぎこちなくなっていく。


「今だ!」


 俺は、彼が剣を握っている拳の部分を狙って、盾で殴りつける。


「痛つう!」


 凧型盾(カイトシールド)の角の部分が引っかかり、ロンレア伯は剣を落とした。

 すぐさま俺は、剣を蹴り飛ばして場外に落とす。


 ロンレア伯はフラフラになりながら落とした剣を探す。

 睡眠剤が効いているようで、意識は朦朧として足取りもおぼつかないようだ。


「レモリー、何もしないでくれ。頼む」

「……」


 俺は鏡の盾をレモリーに向けながら告げる。

 彼女は何も応えない。

 虚ろな表情で、がっくりと肩を落としていた。

 自分がどういう状況にあるかも、分かっていないようだった。


 リーザたちも魚面(うおづら)も、未だ戦闘中だ。

 重量級同士の攻防が、一進一退のまま続いている。

 こちらの戦況の変化に気がついていない。

 この隙に、勝たせてもらおう。


「よいしょっと……」


 俺はロンレア伯を羽交い絞めに抱え込む。

 そのまま引きずっていき、闘技場から落とした。

 鈍い音と共に、ロンレア伯の場外負けが決定した。

 舞台はさほどの高さでもないが、怪我をしていなければいいけど。


「直行さん、お見事ですわ♪」

「まずは1勝!」


 激闘を続ける騎士団と魚面(うおづら)の召喚モンスター、放心状態のレモリーを尻目に、俺とエルマはささやかなハイタッチを交わした。


「さて。次はレモリーを味方に引き入れる。エルマにも協力してもらうからな」 


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― 新着の感想 ―
[良い点] まずは1勝!しかしここからが大変です。
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