133話・ハイ! ミラーシールド♪
エルマはロンレア伯を羽交い絞めにして止めている。
この父親と娘は、決闘裁判の方針を巡って大きく意見を対立させていた。
「いいかエルマ、良く聞きなさい!」
「お父様こそ、ご乱心はおやめになって!」
「いいから聞くんだ、エルマ。リーザ殿が勝っても、お前の釈放は保証される。物資の件も法王庁に収まるんだ」
「そんなのアテにできませんわよ!」
ロンレア伯は血走った目で俺を睨み付けながら、エルマを振りほどこうと力を込める。
「あの男を殺せば、この裁判は終わり。騎士団の皆も納得している!」
ロンレア伯の標的はあくまでも俺。
リーザ率いる神聖騎士団も、納得している……。
決闘裁判が始まる直前、ロンレア伯とリーザは両陣営の代表として儀礼的に剣を合わせた。
確かにあの時、2人は何かを話していた。
そこで何らかの協定が結ばれたのだと思われる。
「直行さん、お父様を眠らせて下さい!」
「分かった!」
エルマの力では、いつまでもロンレア伯を抑えてはいられない。
……。
俺は、ホルスターから紫色の毒矢を取り出し、吹き矢に装填した。
「直行、横!」
知里の声が届くよりも先に、俺の体が反応した。
レモリーの放った石の刃が、吹き筒を切断しようと襲い掛かったのだ。
俺は幅広剣を突き出して精霊術を弾く。
本来であれば、剣先が欠けるくらいの威力が出せる風の刃。
やはり彼女は手加減している。
吹き筒が切れる程度の威力に抑えてあるのだ。
レモリーは脅威だが、完全に敵とは言えない。
「可哀そうに、レモリー。お父様に再教育されましたわね」
レモリーに気を取られて力が緩んだエルマをロンレア伯が振りほどいた。
「しまった! お父様が! ゴメンなさい直行さん!」
「どうあああっ!」
一方、こちらのお方は完全に敵。
血走った目で距離を詰め、俺に斬りつけてくる。
「エルマ、ロンレア伯は俺がどうにかする。それよりも!」
単調な斬撃を、軽くかわしながらエルマに告げる。
「お前は〝ステンレスミラー〟を召喚しろ! 厚さ1mmくらいのシールになってるヤツ!」
俺は、吹き矢を飛ばすフリをしながら、言った。
吹き矢での攻撃はことごとく、レモリーが弾き飛ばしてしまうので、フェイクを入れる。
レモリーに風の魔法を使わせるためだ。
そうでないと、石礫を食らってしまう。
「あたくしを〝未来から来た猫型ロボット〟みたいに扱うのやめて下さいます?」
憎まれ口を叩きながらも、エルマは召喚術の魔方陣を描き始めている。
思った通り、レモリーの邪魔は入らない。
ロンレア伯からの命令は、俺を排除することのみだからだろう。
今のレモリーは考えることを放棄してしまったようだ。
エルマの言っていた「再教育された」という言葉も気になるけど、今はそれどころではない。
「よーし、次いってみよう!」
俺はレモリーもロンレア伯も無視して、走る。
狙いは魚面が召喚した食人鬼と戦うリーザの部下!
目指すは戦斧と鎚鉾が打ち合う、重量級の戦場。
食人鬼の重い一撃を、リーザの部下の騎士たちは盾と鎚鉾をうまく使って受け流している。間近で見ると迫力のある戦いだ。
そこに俺は、こっそり後ろから近づいて行く。
黄色い吹き矢(催涙弾なので厳密には弾丸)を装填した。
「フッ!」
聖騎士の兜の隙間を狙って、吹き矢を撃ち込む。
「な、何だこりゃ~。目、目がァ~」
「貴様! いつの間に」
催涙弾の黄色いガスは、兜の隙間から騎士の目や鼻腔を刺激する。
慌ててフォローに入るリーザだが、相手は俺なんかよりもはるかに強い食人鬼だ。
俺にまで構っていられない。
後方に退きながらのたうち回る騎士から、俺は盾を奪い取る。
飛竜の紋章が描かれた騎兵用の凧型盾だ。
「何だ、あの男! どさくさに紛れて盾を盗んだ!」
騎士は抵抗するが、俺は盾を抱えたままスタコラ逃げる。
「騎士の魂を!」
「戦いもせずに逃げるとは、恥を知れ!」
会場からも大ブーイングだ。
何とでも言えば良い。
「お見事! さすが大将、盗みの筋が良いですぜ」
唯一、盗賊スライシャーには褒められたけど、あまり嬉しくない。
聞き流しながら、ひたすら逃げる。
食人鬼の攻撃が続く中、騎士たちは俺を追うこともできない。
俺は盾を抱えて、エルマのところへ走った。
ちょうどエルマも薄い鏡のシール〝ステンレスミラー〟を召喚済みだ。
……しかし。
「何だッ! 見たこともない物質だぞッ! おい少女! お取り込み中すまないが、それをこっちにも寄越してくれッ! 余ったやつでいいッ!」
リングサイドでは、興奮したアンナが身を乗り出し、騎士たちに止められている。
……見なかったことにしておこう。
俺は、エルマの元まで走って行った。
「直行さん、はい! ステンレスミラー♪」
「エルマ、この盾の表面に、そいつを『複写』してくれ」
「ひょっとして即席の〝ミラーシールド〟を作るんですの?」
元の世界で俺は「割れない鏡」のアフィリエイト記事を書いたことがある。
〝ステンレスミラー〟を凧型盾に複写すれば、割れない鏡盾ができる。
そんなことをやっている間にも、ロンレア伯が斬りつけてくる。
俺も彼の剣筋が読めてきたようで、必要最小限の動作で回避できるようになっていた。
ちょっと達人みたいでカッコいいが、実際は回避+3と性格スキル『恥知らず』の相乗効果で+5くらいに高まっている。
ロンレア伯は疲労からか、足がもつれてきた。
「直行さんできましたわ。はい! ミラーシールド♪」
エルマがピカピカに光った凧型盾を掲げ上げた。
俺はロンレア伯を振り切って、鏡の盾を受け取った。
「サンキュ」
「でも直行さん、どうして鏡の盾なんて用意しましたの?」
「レモリー対策だ。彼女を味方に引っ張り込む」
盾の裏にあるベルトを腕に通しながら、俺は宣言する。
「意味が分かりませんわ……」
「まぁ、見ててくれ。勝算は五分ぐらいだけど」
「五分って微妙に低くありませんこと?」
エルマは首をかしげて口をとがらせる。
鏡の盾が活きるか否かは正直なところ確信は持てない。
ただ、ピンときたことをやってみるだけだ。
「さて、何にしたって、まずはロンレア伯には退場してもらおう」
俺は左手で鏡の盾を構えながら、ロンレア伯に吹き矢の照準を絞った。




