132話・想定外のバトルロイヤル
一方、闘技場中央部では、『魚面』が召喚魔法の術式を展開していた。
中空に複数の魔方陣が描き出され、数体の鬼のような姿の魔物が召喚されてくる。
「見ろッ! 魚ちゃんが食人鬼を同時に4体も召喚したッ」
魔物の登場に観客席から悲鳴が上がる中、錬金術師アンナのはしゃぐ声が響いた。
対照的に、知里は浮かない顔をしている。
「食人鬼か……。あたしが上級魔神と飛竜を倒しちゃったからなあ……」
一方、闘技場内では飛竜部隊を率いるリーザが号令をかける。
「食人鬼4体だと! 2組に分かれて迎撃せよ! 精霊使いとの連携を分断しつつ、各個撃滅せよ! 雑魚は捨て置け!」
リーザの指示のもと、騎士たちは陣形を整えて2人組となり、一方は食人鬼と対峙。
もう一方は、精霊使いのレモリーを攻撃した。
一方、4体の食人鬼のうち、2体は戦斧で武装。
控室にあったものを『魚面』が引きずってきた重武器だ。
刃引きされており、切断などの攻撃は難しいかも知れないが、人間などは一撃で簡単に砕いてしまいそうだ。
『魚面は』武器を持たせた前衛の2体に、騎士団への攻撃を命じた。
そして残った2体は、自身の護衛に付けた。
「神聖騎士団・天空隊所属・飛竜部隊、参る!」
「リーザ・クリシュバルト! 行きます」
騎士団員一組とリーザが、同時に前衛の食人鬼に斬りかかる。
二手に分かれた騎士団のもう一方は、後衛と『魚面』を狙った。
重装備の騎士と、食人鬼。
重量級同士の激しい打ち合いに、空気が震え、地響きが鳴った。
「直行さん、あたくしたち雑魚扱いされて、取り残されましたわね♪」
「ちょうどいい。今のうちに奴らの隙を見て催眠剤を撃ち込んでやろうぜ」
俺とエルマは顔を見合わせてほくそ笑む。
彼女がくれたホルスターの毒矢は3色に色分けされている。
紫、黄色、ピンク……。
「どれが催眠剤だったっけ?」
「紫ですわ♪ 黄色が催涙剤♪ ピンクが媚薬♪」
俺は紫の矢を装填した吹き矢を構える。
エルマはピンクの試験管を構えている。
「下郎、娘から離れろ!」
そこに割って入るロンレア伯。
彼の狙いはあくまで俺だ。
振り下ろされた剣を、俺は持っていた幅広剣で弾いた。
甲高い金属音と、腕のしびれ。
情けない話だが、筋力はロンレア伯の方に分がありそうだ。
ただ、彼の動作には隙が大きい。攻撃、防御、回避、いずれも。
スキル結晶・回避+3を付けているからだろう、戦闘経験の浅い俺にもそうしたことが分かるようになっていた。
ロンレア伯の攻撃をかわしながら、俺は催眠剤の入った吹き矢を飛ばす。
しかし、突然の風にあおられた毒矢は、あらぬ方向に流されていった。
「レモリーの精霊術か!」
騎士2人を相手にしていたレモリーが、振り向きざまに精霊術を放ってきた。
さらに小さな石礫が俺を襲う。
「痛っ! やめてくれレモリー」
小さな石ころとはいえ、俺の体を数十個も打ち付けてくる。
かなり痛いが、手加減しているのか致命傷には至らない。
顔面を防御しつつ、距離を取る。
「レモリー、直行さんに何をするのですか! 貴女は騎士団を止めるのです!」
見かねたエルマが間に入って絶叫する。
しかし、俺を狙うレモリーは止まらない。
悲しそうな目で、唇をかみしめながら石礫の精霊術を放ち続ける。
「いいえ! 私はロンレア伯の従者です。伯爵の命令に従います!」
「そうだ! まずはその異界人を斬る! 援護するのだ」
「はい!」
四方八方から飛んでくる石は、回避+3であってもどうにもならない。
だがスキル結晶は機能している。
石の少ない場所に、体が引っ張られる。
この感覚に身を任せて、俺はレモリーから距離を取る。
「死ねぇ異界人!」
逃げた先には、ロンレア伯の刃が振り下ろされる。
これを回避するのは容易かった。
突きで来られたらやばかったけど。
「直行、足元に注意!」
知里の叫びで、俺は後ろに飛びずさった。
闘技場の石床から、植物の根のようなモノが触手のようにうごめいていた。
あれに足を取られたらマズかった……。
ロンレア伯はどうってことないが、レモリーの精霊術は厄介なんてものじゃない。
「お父様、貴方も何をなさっているのですか! 敵は、あの女騎士でしょう!」
エルマは父親の元に駆け寄って、抱きしめるような恰好で彼を止めた。
ロンレア伯は血走った目で、俺を見ていた。
「離せ、エルマ。リーザ殿とは先ほど話を付けた。リーザ殿が勝っても、お前は釈放される。誓って約束してくれた。あの男を殺せば、この裁判は終わりだ」
悪鬼に憑かれたような表情で、ロンレア伯は言った。