131話・お父様のご乱心
「これより決闘裁判を始めます。各自、闘技場の中央に集まって下さい」
司祭に言われるがままに、俺たちは対峙する。
「リーザ様、ご武運を!」
「異界人は死ねー!」
「神聖騎士団に聖龍さまのご加護があらんことを!」
「顔のない怪物なんて、真っ先に斬り捨てちゃってー!」
「被召喚者なんて、臓物引きずり出してネズミの餌にしてしまえー」
「リーザ様がんばってくださーい」
「異界人に裁判はいらなーい!」
歓声と罵声はいよいよ激しくなっている。
俺たちには、ありったけの罵詈雑言が浴びせられている。
特に被召喚者の俺に対しては、気が滅入るような暴言が浴びせられた。
そんな喧騒をよそに、俺たちは中央に集まって相対する。
リーザたち飛竜隊は正面に堂々と鎮座し、横一列に広がっていた。
対する俺たちは、2つのグループに分けられた。
正面で剣を構えるロンレア伯と、彼を庇うような位置で待機するレモリー。
エルマと俺と魚面は、やや離れた間合いから、敵を伺う。
リングサイドには知里とアンナとスライシャーが陣取っている。
大声を出せば聞こえる距離だ。
「早く始めろー!」
「とっとと殺せー」
小汚いヤジは、止むことはない。
進行役の騎士は、そうした観客の過熱ぶりにも慣れたものだ。
表情一つ変えずに、事務的に説明をした。
「宣誓を通った者たちによる神聖なる決闘を行います。主なルールは2つだけ。自らの意思のあるなしにかかわらず、闘技場から落ちた者は失格。降伏を申し出た者に止めを刺す行為は、攻撃した側も失格となります」
要するに、漫画なんかでよくある武道大会のルールそのものといったところか。
魔法や毒についての説明は一切なかったけど、その辺りはどうなんだろう。
「質問なんだけど、魔法とか毒って使ってもいいんですか?」
俺は可愛い顔の見習い騎士ドンゴボルドに聞いてみた。
「あ、ルール的には大丈夫じゃないですかねー。聖騎士様相手に使う卑怯者はいないと思いますけど……」
「一発退場じゃなきゃいいや。聞いたかエルマ?」
これだけの罵詈雑言を受けている以上、キレイな勝ちなんて望まない。
元より今の俺たちのパーティには近接戦闘員はロンレア伯のみ。
「知里さんの抜けた穴は大きいですけれど、あの姫騎士を語る子爵の三女を媚薬で辱めてやりましょうね、直行さん♪」
「公衆の面前で、女性にそういうの良くないぞ」
「あたくしの命がかかってますわ。勝たなきゃ意味ないですわよ」
俺に試験管を渡しながら、ゲス顔を見せるエルマ。
とても13歳の少女とは思えない鬼畜っぷりを見せている。
「魚ちゃん。今回のバトルの主軸はアンタだ。リーザを落とせば、奴らの戦力はガタ落ちだ。頼むよ」
「分かっタ」
戦場を引っ掻き回してロンレア伯を牽制するくらいならば、俺でも可能だろう。
◇ ◆ ◇
「では、両者の代表による剣合わせにより、決闘を開始とする!」
リーザとロンレア伯が互いに剣を合わせて何かを囁き合っている。
ここからだとヤジと歓声にかき消されて聞こえないが、険悪な雰囲気ではない。
一方、他の騎士たちは戦闘態勢に入っている。
「始め!」
両者の剣が離れた瞬間、銅鑼の音が鳴り響き、激しい太鼓もそれに加わった。
決闘裁判が火蓋を切った。
耳をつんざくような群衆の歓声もそれに加わり、闘技場は異様な興奮に包まれた。
「直行、ロンレア伯が狙ってる!」
開始早々、知里がリングサイドから叫んだ。
俺への警告だ。
「え?」
まず、動いたのはロンレア伯だった。
後ろを振り返りざま、俺に向かって斬りつけてきた。
「うおおおお!」
ロンレア伯の目が血走っている。
ちょっと待てよ……俺たち味方だろ?
あっちの飛竜部隊をやっつけてくれよ!
俺は後ろに飛びずさって、ロンレア伯の斬撃を回避した。
……この人は何をやっているんだか。
「ごおおおおっ!」
呆れる暇もなく、今度は騎士団員が重槌矛を振り下ろした。
こんなのを頭に食らったら一撃で頭蓋骨が砕け散る。
さすがに聖騎士だけあって、重い武器なのに攻撃速度が速い。
しかし回避+3を積んだ、軽装の俺には届かない。
俺は攻撃を避けつつ、装備していた幅広剣でカウンター攻撃を試みた。
これが、意外と難しい。
本格的な戦闘訓練を受けていない俺が、聖騎士を相手に剣で対応など、できるものではないと悟った。
「直行さん!」
エルマが重槌矛の聖騎士に試験管を投げつけた。
ビンは粉々に割れ、紫色の液体が騎士の板金鎧を染めた。
確か紫色は睡眠剤だった。
しかし聖騎士は止まらない。
「小娘がぁ!」
「エルマ!」
重槌矛の聖騎士はエルマを標的に移す。
確か彼女は、戦闘スキルは持っていないと言っていたっけ。
俺はエルマを庇いつつ、敵を引きつけようと突撃する。
と、重槌矛の騎士の顔面から火柱が上がった。
レモリーの精霊術だ。
「はい! エルマお嬢さまお怪我はありませんか?」
「ぎゃるるるう熱い熱い熱い!」
絶叫してのたうち回る重槌矛の聖騎士。
慌てて仲間の騎士が駆け寄り回復魔法を施した。
──これが、人間VS人間の戦い。
しかも、のっけから敵味方入り乱れてのバトルロイヤルとは──。
俺の背筋に冷たいものが走った。