130話・魚面の宣誓
知里の脱落は痛かったが、残された者たちでどうにかするしかない。
「ゴメン。あたし、肝心な時に役に立てなくて……」
「気にするな。そもそも知里さんがいなかったら、ここまで来られなかったし。後は魚面と俺で、どうにかするよ」
彼女のことは責められない。
実際、他人の思考を読み取るという、知里の特殊スキル『他心通』がなければ、決闘裁判まで来られなかったことは確かだ。
「リングサイドから、敵の攻撃方法とかアドバイスをもらえるだけでもありがたい」
「それは任せて。ただ、攻撃役は魚ちゃん次第になりそうね」
「……ああ」
もっとも、その魚面も、参加できるか微妙なところだ。
彼女も多くの嘘や秘密を抱えている。
そもそも素顔からしてのっぺらぼうだし、記憶もない。
しかも異世界転生者で、表皮仮面で変装している状態だった。
現在は、魚を象った仮面を被っているが、宣誓を通るかどうか。
そんな彼女は、リングサイドの錬金術師アンナと、ずっと長いこと話し込んでいた。
「良しッ! 行ってこい魚面! がんばれッ!」
アンナに押し出される格好で、彼女はリングに上がった。
「あれ……武器?」
俺は魚面の意外な姿に驚いた。
両手には控室にあった戦斧を持ち、1本ずつ引きずっている。
彼女は物理戦闘は苦手なはずだが、どうして……?
彼女はゆったりとした足取りで、宣誓台まで歩いていく。
宣誓台の前で止まり、少しだけ魚面の仮面を取った。
「嫌アァーッ!」
「あいつ、顔がない」
「魔物か? 聖騎士殿リーザ様をお助けしろ!」
最前列の観客たちのどよめきは、悲鳴のような声に変わった。
エルマ、レモリー、スライシャー。皆、唖然としている。
その姿を知っている俺や知里でさえ、驚きを隠せなかった。
依頼人であるロンレア伯も、初めて見た魚面の素顔なのだろう。
目を見開いたまま硬直している。
リーザたち飛竜隊の面々は剣の柄に手をかけて、すでに戦闘態勢だ。
しかし魚面は、周囲のざわめきなど意に介さず、仮面を被り直した。
そして平然と宣誓する。
「ワタシは魚面と呼ばれる裏稼業の人間ダ。本当の名前も、記憶も奪われてしまったので、名乗ることはできナイ。ワタシはこんな姿だが、魔物などでは断じてナイ。人間ダ。ワタシはそこにいるロンレア伯の依頼で、被召喚者であるコノ人たちを襲撃しタ。この裁判に、ワタシは勝つ。そして、無罪を勝ち取ル!」
…………。
宣誓台は反応しない。
魚面もまた転生者のはずだが、虚偽判定には引っかからなかった。
記憶を奪われていることを告白したから?
その辺りの基準は分からない。
司祭は他の聖騎士たちと少しばかり協議をしていたが、すぐに話がまとまったようだ。
「虚偽判定が反応しない以上、魚面の宣誓を認めざるを得ない」
会場からは、何とも言えないどよめきが巻き起こっていた。
魚面の参戦は、戦力的にはありがたい。
ただ、彼女の宣誓は打ち合わせよりも語りすぎだ。
もっとも、そうでもしないと虚偽感知の宣誓は突破できなかったのかもしれないけれど。
最後に残ったのは俺だけだった。
決闘裁判の戦力的には、俺が勝敗の決定権を握れるわけではない。
それでも……。
「俺は九重 直行。被召喚者だ。現代日本から召喚された。ここではただの商人だ。ロンレア伯のご息女エルマお嬢さまより特命を受けて、マナポーションを売って歩いた。当主のロンレア伯や神聖騎士団のリーザ様たちとは、認識の行き違いがあった。しかし当方に何の違法性もないことを証明するため、決闘裁判に臨むことを、誓う」
何ら隠し事はしていないので、宣誓台が嘘を告げる反応はなかった。
俺はエルマ、レモリー、ロンレア伯、魚面の顔を見回す。
この面子で、リーザと4人の騎士たちと決闘しなければならない。
知里の離脱はあまりにも痛い。
痛すぎる。
それに加えて、気がかりなのは、ロンレア伯だ。
味方の筈なのに、先ほどの言動と俺に対する憎しみは、不安要素でしかない。
だとしても、俺には他に選択肢はない。
どんな手を使ったとしても、この決闘を勝ち抜いてやる。




