129話・嘘と無知と真実の狭間で
「どうして……あたし、ひとつも嘘は言ってないのに!」
頼みの綱だった知里の決闘裁判参加は、却下されてしまった。
実にマズい事態だ。
彼女は、にゃんこ口調も忘れて司祭に食い下がっている。
そんな知里を横目で見ていたリーザが冷たく言い放った。
「だから言ったでしょう。真面目にやりなさいって」
「…………」
知里はリーザを睨み返すこともせず、うつむいた。
会場では、何が起きているのか分からない様子で、観客たちがどよめいている。
裁判長の役割を担う司祭は、深いため息とともに知里を諭した。
「たとえ話した内容が全て事実であろうとも、本質的に隠したい何かがあるならば、虚偽判定に感知されます」
「……そんなこと、ない」
「貴女は何か秘密を隠していますね。〝はい〟か〝いいえ〟でお答えください」
「…………いいえ」
虚偽判定魔法の宣誓台は、血のように真っ赤な魔方陣に変わったまま。
知里はうなだれた様子で、宣誓台を後にした。
「今から本当のことを言って、参加してくださいよ!」
エルマの声にも、知里はうつむいたまま。
俺たちだけに聞こえるような小さな声でつぶやく。
「……エルマお嬢ちゃんにも言ったような覚えがあるけど、あたしは以前、魔王討伐軍で勇者トシヒコのパーティにいたの」
「ボス戦要員。エース部隊ですわね……」
エルマはさすがに驚いているようだ。
「クビになったけどさ」
「でも、正直に言いさえすれば、リングに上がれるんですわよね?」
「……そうかも、知れないけど。そうなんだけど」
知里は歯切れが悪そうに言いかけている。
「……法王庁にとって、勇者トシヒコとその一行は秩序の破壊者だから」
「でも、今は仲間じゃないんでしょう。だったら……」
知里は大きくため息をついてから、天を仰いだ。
「……いい? これはあたしたちだけの問題じゃないの」
「どういうことです?」
エルマが首をかしげる。
「元、だろうと、勇者の仲間だった被召喚者が法王庁に潜入して、決闘裁判に出場する。観客はどう思うだろう」
「今だってすごい罵詈雑言ですし。アウェーなんて気にしてたらやってられませんわ♪」
「……あたしたちは、勝つ。リーザ率いる騎士団をコテンパンにやっつけてしまう。それくらいの実力差があるんだよ。その挙句、マナポーションの権利を主張して罪人を解放するわけでしょう。観客はどう思う?」
「大ブーイングでしょうね? でも気にしなければ大丈夫ですわ♪」
「それで済むならいいんだけどさ……」
知里は大きくため息をついた。
その先が言いにくそうだったので、俺が補足する。
「知里さんは勇者一派と法王庁の対立への影響について考えてるんだろ。異界人が決闘裁判で勝つ。ただでさえ憎まれている被召喚者なのに、法王庁のど真ん中で〝勇者パーティ〟の元メンバーが無双するのは、異世界人への憎悪をさらに煽りかねない」
知里自身が社会に影響を与えるつもりはなくても、異界人に対する法王庁シンパの憎悪を煽る結果となってしまう可能性がきわめて大きいことを懸念しているのだ。
「…………」
エルマは答えることができなかった。
「今回、お小夜は来なくて賢明だったわね……」
同行を断った、お小夜こと八十島 小夜子は知里よりもずっと勇者自治区と縁が深い。
勇者パーティーで、魔王討伐メンバーだった上に、自治区No.2の転生者〝ヒナちゃん〟の実の母親だという。
お人好しの小夜子は、自分の立場を分かっていたので、同行を断ったのだろう。
確かに、その判断は賢明ではある。
でも、俺としては一緒に行動してくれた知里には感謝している。
「何にしたって正体を隠して戦えたら良かったんだけどさ」
知里にとっては誤算の連続だ。
〝他人の心を読み取る〟特殊スキル『他心通』のようなことを、まさか人からされるなんて夢にも思わなかったのだろう。
がっくりとうなだれた彼女は、静かにアンナたちの元へ向かう。
「ゴメン直行。しくじっちゃった……」
知里は今にも泣きそうな顔だった。
普段ワインばかり飲んでいるかに見える彼女だが、実は責任感が強くてプロ意識も高いことを俺は知っている。
決闘裁判直前まで、食べものに注意したり、ストレッチを怠らなかったりと準備に余念がなかった。
彼女のことは責められない。
「ともかく、知里さんが来てくれただけでもありがたい。後は俺たちが何とかする」
俺たちにはもう1人のエースで、召喚士の魚面もいる。
そこまで気落ちする必要はない。
「あたしはせめて、リングサイドからサポートするよ」
「よろしく頼む」