128話・大誤算の宣誓式!
「……マズいってどういうこと? 知里さん」
「……ネコチにゃ」
決闘裁判に参加するには、ウソ発見器の前で〝宣誓〟しなければならないという。
嘘をついたら、決闘の参加資格を得られない。
裁判長であり、決闘の審判長でもある中年の司祭は、天秤を象った杖を振り上げる。
「さあ! 決闘裁判の参加者は〝宣誓〟を!」
円形闘技場は数千人の観客で埋め尽くされている。
内訳は法王庁の巡礼者がほとんどであるため、俺たちは悪役だ。
神聖騎士団に対する歓声と、俺たちへの罵倒が入り混じって、何とも騒がしい。
そんな中で、まず宣誓台に一歩を踏み出したの紅い髪の女騎士リーザ。
巷では〝紅の姫騎士〟と呼ばれている。
彼女の宣誓に、闘技場は割れんばかりの歓声が響き渡った。
宣誓台には、緑色の魔方陣による力場が発生している。
虚偽感知の術式が施されているため、嘘をついたらすぐに分かる仕組みだ。
「宣誓! 私はリーザ・クリシュバルト。クリムゾン子爵家の三女。聖龍法王庁・神聖騎士団・天空隊所属・飛竜部隊の隊長を務めている! ロンレア伯の所有物とされるマナポーションは法王庁の物である。それを証明し、取り戻すため、告発を受けて立つ!」
彼女は板金鎧に身を包み、刺突剣を装備している。
胸に柄を置き、細剣を垂直に立てる。
捧げ銃のような格好だ。
「おおお! 何と凛々しい! さすが紅の姫騎士」
会場からは、拍手と歓声が鳴り響いている。
力場に変化はない。
彼女の宣誓に嘘偽りはないということだ。
もっとも、彼女が取り戻すと誓ったマナポーションは、とっくに俺が売りさばいてしまったけどな。
「姫騎士とか言われながら子爵家の三女なんですのね♪」
長女のエルマがつまらない対抗意識を持ち出したが、俺たちはそれどころではない。
リーザに呼応するように、ロンレア伯が宣誓台に向かって行ったのだ。
俺は止めるべきだったが、遅かった。
「和が名はジャバウォルク・セクンドゥス・ベルトルティカ・ロンレア。ロンレア伯爵家の第10代当主である。被召喚者であるこの者、九重 直行の奸計により! 法王庁より預かりし貴重な物資マナポーションを売りさばかれた! 長女エルマが逮捕された! 加えて、クリムゾン子爵家のリーザ様に対して決闘裁判を訴える運びにもなった! 娘を無罪にし、あの男に天誅を加えるために私は剣を取る!」
ロンレア伯はありったけの憎悪をこめた眼差しで、俺を睨みつけた。
「おいおい。話が違うぞロンレア伯……」
しかし、彼の話自体に「嘘」はないのは確かだ。
力場に変化は見られない。
「ロンレア伯ジャバウォルク卿の宣誓を認める」
場内はどよめいていた。
単純にリーザとロンレア伯の貴族同士の諍い、もしくは下世話な醜聞だと思っていた決闘裁判が、思いもよらない宣誓によって覆されたのだ。
次いで宣誓台を踏んだのはレモリーだった。
「はい。私はロンレア家・従者のレモリーです。当主ジャバウォルク卿に従い、彼を補佐することを誓います」
「ロンレア伯爵家の従者レモリーの宣誓を認める」
どさくさに紛れてレモリーまで参戦してきたが、あっさり認められてしまった。
俺たちはそれどころではない状況に追い込まれている。
「ねえ、ロンレア伯に、あんナ事言われちゃったヨ。ドウしよう」
「これは、どういう事なんですの、直行さん!」
魚面とエルマが、心配そうに俺を見た。
ロンレア伯と交わした打ち合わせが台無しにされた上に、俺の立場は最悪なものになった。
「なぜお父様があんなことを?」
「言われてしまった事は仕方がない。まずは宣誓を突破することだけを考えよう」
「……何があったか、後で説明してくださいね♪」
エルマの念押しに、俺はぎこちなく生返事することしかできなかった。
「気持ちを切り替えていきますわ。まあ参加できて勝てばいいんです。要するに嘘を言わなければ良いのですわよね♪」
エルマは宣誓台の上に乗った。
両手でドレスの裾をつまみ、スカートをわずかに持ち上げて挨拶する。
俺たちが元いた世界の、欧州女性の伝統挨拶、カーテシーと似ている。
「あたくしはエルマ・ベルトルティカ・バートリ! ロンレア伯爵家の第10代当主の長女ですわ! 今回のいわれなき逮捕、そして著しく名誉を傷つけられたことに対して、断固抗議いたします! マナポーションは当家が大きな金額で法王庁から購入したものです。あたくしはこの戦いを勝ち抜き、無罪を証明いたします!」
彼女は高らかに宣誓する。
13歳の少女の、堂々とした立ち居振る舞いに、会場は一瞬だけ鎮まり、その後どよめいた。
宣誓台の魔方陣に変化は見られない。
エルマは嘘をついていないことになった。
彼女は転生者であることをうまく隠して、虚偽感知を切り抜けた。
「なるほど、そういう切り抜け方もあるのかにゃ」
知里は感心したように頷いている。
もっとも、俺の場合だとロンレア伯に被召喚者だと名指しされてしまったからな。
異界人が法王庁にいるのはご法度だ。
そこを、どう切り抜けるか……。
「聖龍法王庁・神聖騎士団・天空隊所属・飛竜部隊・副隊長のドハルである。哨戒任務中に不審な馬車を発見したため確保した。マナポーションは法王庁の物である。我々、飛竜部隊4名はリーザ隊長を補佐することを誓う」
俺たちが考えあぐねている間に、4名の騎士団の連中が次々と宣誓していく。
残されたのは、俺、知里、魚面となった。
まず、宣誓台に足を踏み入れたのは知里だった。
「あたしはさすらいの冒険者。仲間からはネコチとも呼ばれている。錬金術師アンナ・ハイムの助手として入国した。エルマ・ベルトルティカ・バートリ嬢の用心棒でもあるにゃ。請け負った仕事として、決闘裁判に臨むことを誓うにゃ」
堂々と、自信に満ちた態度で知里は宣言する。
しかし、宣誓台の魔方陣が赤く反応した。
「この者の言に〝虚偽〟あり。よって決闘裁判への参加を許可しない」
「え、何? どういう事だよ」
俺は耳を疑った。
嘘って……何かの間違いだろ?
「……待つにゃ、待つにゃ、あたしは〝事実〟しか言ってないにゃ」
確かに知里は「事実」しか言ってない。
しかし虚偽判定魔法は〝嘘〟だと判断した。
俺は、自分の足元が揺らいでいるのを感じていた……。