12話・タピオカと前髪ぱっつん
エルマに案内されたのは、貴族街の路地裏にある小洒落たカフェバーだった。
「異界風」と書かれた看板プレート。
その足元には、手作り黒板のA型ボード。
レンガ造りの壁に厚い木の扉が、夕日に照らされている。
『本日のシェフ気まぐれサラダ 800ゼニル』
『本日のシェフお任せ前菜 4品盛り合わせ 1200ゼニル』
『なつかしの故郷の味 ドライビールを完全再現 600ゼニル』
食欲をそそるのか、そそらないのか、よく分からないメニューが並んでいた。
「いらっしゃいませ、お嬢様。お席はテーブルでよろしいですか?」
接客の女性は見るからに快活そうだ。
しかも、店員の口ぶりや態度から察するに、エルマはなじみの上客なのだろう。
「お前、伯爵令嬢のくせに年中こんなとこ来てるなんて不良貴族かよ」
「ここでないと食べられない好物があるんですよ♪」
外観と同じく、内装も落ち着いた感じだった。
調度品などは明らかに現代日本の飲食店を意識していた。
どう考えても転生者か被召喚者が関わっているのだろう。
使える素材が限られた環境下での手作りであるため、逆にとても趣を感じる。
カウンターの奥には、手書きのラベルが貼られたガラス瓶や陶器が並んでいた。
「直行さん。やっぱりカウンターにします?」
「いや、テーブルでいいだろ」
店内は決して広くはなく、客数も俺たちを入れて6人と多くはなかった。
5~6人ほどが座れるカウンターに常連らしき男が2人。
4人掛けのテーブル席は4席ほどで、奥に浮世離れした若い女が1人。
「こちらのお席でよろしいですか?」
奥の窓際のテーブルに案内されたので、そのままエルマと向かい合わせで腰掛けた。
隣の席で、若い女性が頬杖をついたまま陶器のワイングラスを傾けている。
何とも不思議な雰囲気のお嬢さんだった。
おかっぱ頭で前髪ぱっつん。
フワっとラベンダーの香りを身にまとっている。
黒いゴシック調のローランドジャケットに、純白のボリュームタイのついたブラウス。
フリルのついたスカートに黒いニーソックスを履いて、足元はブロンズ色の編み上げブーツ。
何となくこの世界から浮いているように見える。
転生者か、被召喚者なのだろうか。
さっき会ったレーシングスーツの奴とは違い、そこまでの違和感はないのだけれど。
「?」
「……」
不意に女と目が合ったので、軽く会釈をして自分たちの席に着く。
ちょっとジロジロ見すぎてしまったか。
失礼だったかもしれないな……。
俺は心の中で少し申し訳なく思った。
しばらくすると店員がやってきて、陶器のカップに入ったお冷と小皿に盛った木の実を持ってきた。
「あれ? 生水ってダメなんじゃ……」
「当店は『浄化の精霊石』で仕上げた精製水を使用しております」
「なるほど、大丈夫なんだ」
「こちらが付け出しになります」
「お通しもあるのかよ」
「乾き物ですけど、5種の木の実の素煎りです。香ばしいですよ」
エルマはさっそく胡桃のようなナッツをつまみながら、慣れた様子で店員に注文している。
「あたくしのおごりですから、直行さんも何か好きなものを頼んでくださいね♪」
俺は木の板のメニューを手に取った。
細かい字でビッシリと料理やカクテル、ソフトドリンクなどの名前と説明が書かれている。
写真がないので分かりづらい。
気になるのは「コーラ風ドリンク」など一部のモノに「※○○風とは異界の料理を再現したものです」といった注意書きがある点だ。そのものではないらしい。
値段はおおよそ500~1200ゼニル前後。
この世界の物価は分からないが、貴族街の隠れ家的なBARの値段なので、強気な価格なのかもしれない。
だけど、ちょっと待て。
借金があるのに、こんなところで飲食をして大丈夫なのか?
メニューの欄外にあるチャージ料500ゼニルというところにも目が止まった。
「……お通しとお冷だけでいいや」
「直行さんは32歳のおじさまなんだから、お酒を頼んでもいいんですわよ♪」
「32歳って、見かけはコレなのに、どうして俺の実年齢を知ってるんだよ?」
「召喚した時に、直行さん言いましたもんね」
「つまらないことを覚えてるな……っていうか、お前こんなところで金使ってる場合じゃないだろ?」
俺は親指と人差し指で丸を作って=銭のジェスチャーをした。
しかしエルマは少しも動じない。
「この店で扱う元の世界風の食材は、わがロンレア家の領地で収穫されたものなんですの♪」
「どういうことだ?」
「まあ言ってみれば当家がオーナーの一人みたいな状況ですから、ツケも効きますし。お金の心配は今のところありません」
「……今のところは、だろ?」
話の途中で最初のオーダーがやって来た。
「お待たせいたしました。タピオカ風ミルクティーになります」
やや不透明だけどガラス瓶のような容器に、太めの赤いストローが刺さっている。
再現率は高いが、材質はプラスチックではなさそうだ。
「フタないけど、ベタビッピ♪」
チュー、ドムドムドム……。
無邪気にタピオカをすするエルマは、年相応の少女に見えた。
そういえば、エルマは13年前にこちらの世界に転生したと言っていたな。
転生する前は、日本の大学生だったと。
仮に20歳のときに転生したとして、前世と今生を合算すれば、実年齢は俺と大して変わらないんじゃないか?
オッサン扱いするなよ……。
「それにしても、タピオカか」
昔にも一度流行ったことがあったけど、そのときは白くて小さい粒を甘いココナッツミルクで飲むのが主流だったような気がする。
13年前の大学生なら、当然そっちだ。
今エルマが飲んでいるような、黒くて大きい粒を太いストローを使ってミルクティーで飲むとか、こういうタイプは、本来なら知らないはずだ。
向こうの世界の最新情報を知る手段でもあるんだろうか……。
「俺も腹が減ってきたな」
リアカーを引いて移動販売をやっていたのだ。無理もない。
お通しの木の実だけじゃ、体が持たない。
「獣肉バル4点セットは1200ゼニルか……」
「遠慮しなくても大丈夫ですよ。秒速でこのミッションを成功させればいいんですから♪」
無理を言うな。
いや、待てよ……。
俺は何となくメニューを見ていて、突然ひらめいた。
「ドライ風麦酒に、ウィスキー風アルコール飲料、スピリッツ風、焼酎風。あとワインも赤白泡、ここにある酒を一杯ずつ片っ端から頼んでいいか?」
「いいですけど、お酒ばっかり飲んでもお腹は膨れませんよ♪」
「じゃあ獣肉バル4点セットも追加だ」
「どうしたんですか? やけ酒ですか……?」
「ちょっと思いついた。マナポーションを割り材にしたらどうだろう? オリジナル・カクテルとか」
ほんの数滴でも面白い味になれば、需要はあるかも知れない。
建築術者の疲れた体と喉をうるおすMP回復アイテム。
問題は価格だ。
マナポーションが4800ゼニルというのは、なるほど高い。
でもまあ、試しにやってみるか。
俺は店員を呼んで、注文した。
目を丸くする店員だが、エルマの方を見て頷き、そそくさと厨房に消えていった。
「ふぅん……」
隣の席の若い女は、興味深そうに俺の様子をうかがっていた。




