126話・ダーティ☆スター
「決闘裁判の当事者の皆様、宣誓台の前へお進みくださーい!」
闘技場付きの騎士の声が聞こえた。
メガホンのようなラッパ状の筒を使っているようだ。
「いよいよですね、直行さん。拙僧もご武運をお祈りしております」
「ジュントスさんのご助力に感謝いたします。勝ってまた話しましょう」
聖騎士ジュントスと俺は、手の甲を合わせるこちらの世界式の握手を交わした。
「さあ、行こうか!」
俺はエルマ、知里、魚面に呼びかける。
ロンレア伯とレモリーは俺たちからは距離を置いて立っている。
「さっきは直行さんに無視されてしまいましたけれども、これをお受け取り下さいませ♪」
幅広の片手剣を腰にくくりつけていた俺に、エルマは吹き矢の筒を差し出した。
それと、肩にかけるホルスターのようなベルトも一緒に。
黄色、ピンク、紫の色分けされた矢が備え付けられている。
「もう吹き矢はいいよ。あんま役に立たなかったし」
「直行さんといえば、吹き矢でしょう♪ あたくし毒も各種取り揃えましたのでご活用くださいませね♪」
エルマもドレスの上にホルスターのようなものを装備していた。
そちらに取り付けてあるのは毒矢ではなく、コルクで封をした無数の試験管だった。
俺は何となく気が進まないが、武器が多ければいくらかマシだろうと思い、吹き筒と毒矢ホルスターを装備した。
「決闘裁判までにと、レモリーに作らせましたの。毒はここへ来る道すがらに召喚いたしました♪」
ゲスっぽい、含みのある笑みを浮かべるエルマ。
「毒薬はルール違反じゃないか? さすがに……」
「毒とはいっても、相手は女騎士ですからね。催眠薬に媚薬に催涙剤。各種取り揃えたんです♪」
確かに女騎士と媚薬はセットみたいなものがある。
しかしそれは、俺たちが元いた世界の、ごく限られた成人向けコンテンツのお約束だ。
エルマの奴、前世のろくでもない知識を覚えていたものだ。
「でも……裁判で毒はダメだろ」
「殺す毒は用いていませんから♪ 何なら審判に確認してもらえば良いんじゃなくて?」
実際のところ、どんなふうに決闘裁判が展開されるのかほとんど説明は受けていない。
ジュントスもガッツリ関わったのは初めてのようだったし……。
どのみち出たとこ勝負なのは織り込み済みだ。
「あ、こんなところにマナポーションが! さすが直行さん気が利きますわね♪ 媚薬も直行さんの吹き矢も召喚して、あたくしMP切れでしたのよ♪」
「おい!」
そう思った矢先だった。
不測の事態に備えてアンナに作ってもらった回復薬とマナポーションを、エルマが全部飲み干した。
闘いが始まってもいないのに、飲み干す奴があるか!
「あーあ……」
「もったいなイ」
知里は肩をすくめて、魚面は愕然とする。
何事もなかったように闘技場を目指すエルマ。
後方から無言で付いてくるロンレア伯とレモリー。
それぞれの足並みが全くそろわないまま、闘技場へ上がる。
すり鉢状になった円形の闘技場。観客席は数千人規模の群衆で埋め尽くされていた。
地鳴りのようなブーイングが、一斉に俺たちに放たれる。
「出てきたぞー!」
「紅の姫騎士リーザ様にケンカを売ったゲス不倫の伯爵と郎党どもがー」
「あれ、女がいっぱいいるぞー? ハーレムかー?」
「どっちの野郎が伯爵だー? 若い方かー」
「なます斬りにされちまえ! ゲス野郎どもー!」
どんな風に情報が伝わっているのかは定かではないが、ほとんど間違っていた。
それにしても、次から次に口汚いヤジが飛んでくる。
一方、リーザたちが登場した際の歓声は、俺たちとは正反対のものだった。
彼女に加え、飛竜部隊からは4名が参加するようだ。
残りの者は、リングサイドで応援するために闘技場を降りていく。
どうやら俺たちの人数に数を合わせてくれるらしい。
正々堂々というか、騎士の傲慢さというべきか……。
「紅の姫騎士さまー!」
「飛竜部隊の皆さん、がんばってー!」
「ゲス貴族どもなんて、斬って斬って斬りまくってくださーい」
「法王庁に、栄光あれー!」
それにしても、俺たちに対する罵声は聞くに堪えないものがある。
異世界人、という一点だけでここまで人を憎むことができるのかと驚くばかりだ。
もっとも、そんなことを思うのも元の世界で「人権教育」を「これでもか!」とばかりに仕込まれたせいでもあるので、これまた特殊なのかもしれないが。
彼らにしてみれば、俺たち被召喚者や転生者は元々住んでいた土地に降って湧いたように現れた異物だ。
魔王を倒して世界を平和にしたのは良いとしても、未知の文化と技術で急速に世界をつくり変えている。
法王庁のような、信仰をよりどころにする人たちにとっては、まさに悪魔にも等しい存在なのかもしれない。
不利な判定などがなければいいが……。