125話・決闘裁判 待合室の再会!
決闘裁判当日。
聖騎士見習いの美少年ドンゴボルドの案内で、俺たちは法王庁の闘技場へと向かった。
闘技場といっても、法王庁は宗教都市だ。
建前上は祭式などを行う厳粛な場所だとされている。
とはいえ、傍聴席には自由に出入りできるため、本音は娯楽。
どこの世界だろうと、人間は危険とスリルを傍で見るのが大好きな生き物なのだ。
「こちらの円形闘技場ですね」
「おお」
法王が演説した神殿の近くに、円形ですり鉢状の闘技場がある。
収容人数は1000人程度だろうか。
しかし、実際に目の当たりにしたのはその数倍の観客の数。
門の前に列を作って入場待ちをしている。
「けっこう人がいっぱいいるナ……」
「そりゃあそうでしょうぜ。何て言ったって紅の姫騎士リーザ嬢が、まさかの決闘裁判でやすからね」
「あたし観客が多いと調子でないタイプなんだよね」
不安そうな魚面や知里とは対照的に、スライシャーはニヤリと口元をゆがませている。
神聖騎士団の飛竜部隊の隊長リーザ・クリシュバルト子爵が訴えられたのだ。
彼女は法王庁でもアイドル的な人気がある。
『ひょっとしたら、色恋沙汰で決闘裁判?』
そんな噂が広まって、これだけの人が集まったのだろう。
当然、観客は女騎士の活躍が見たいので、俺たちは悪役ということになる。
現実問題、転生者に被召喚者に殺し屋と、法王庁にとっては悪党ぞろいで弁解の余地はない。
「参加者の皆さまは裏口から入ってください」
観客の行列を避けて、俺たちは裏口に案内される。
幸い、顔が割れていないので、大した混乱もなく入ることができた。
「ロンレア伯とエルマお嬢様はジュントスさまがご案内しています」
俺たちは二手に分かれて、控室で合流する手はずになっていた。
今いるメンバーで裁判に参加するのは、俺と魚面と、知里。
錬金術師アンナと盗賊スライシャーはリングサイドに立つ。
ボクシングでいうセコンドのようなものだ。
俺たちは参加者控室で、ロンレア伯ら合流組を待っていた。
控室は、騎士団の詰め所のようになっていて、様々な武器が立てかけられていた。
革の胸当てや盾なども立てかけられている。
なめした皮の臭いと、埃っぽい空気が、妙に懐かしい気分にさせる。
置いてあるものは、まるで違うけれど、印象としては運動部の部室のようだった。
思い出したくもない、中学時代にいじめに遭った野球部のことが思い出された。
……。
そんな記憶を振り払うように、俺は仲間たちに目を向ける。
知里はキャットマスクを装着し、ネコチに変装している。
魔法銃の手入れと、柔軟体操に余念がない。
一連の動作は流れるようで、まるでアスリートのようだった。
一方、魚面は指を立てて虚空に何かを描くような仕草を繰り返していた。
こちらは、おそらく召喚術の練習だろう。
2人とも頼もしい……。
「アンナ女史にMP回復薬を調合してもらったから、存分に戦ってくれ」
俺は、アンナに作ってもらった回復薬とマナポーションを机の上に並べた。
戦闘はあの2人に任せて、俺はサポートだ。
とはいえ、決闘に丸腰で挑むというのも少々心もとない。
俺は、立てかけられていた武器に視線を移した。
短槍から両刃の大剣、片刃曲刀、いずれも刃引きされた状態だ。
弓矢もあるが、矢じりの部分は削られて丸くなっている。
その他、戦棍や連接棍などの殴打用の武器も並んでいる。
「へぇ。この武器は使ってもいいのかな?」
「決闘場で、ここに置いてあるってコトは多分そうダよ」
「でもさあ、刃を潰してあったって鉄の棒で殴られるんだから、下手したら死ぬよね」
何気なく俺は幅広の片手剣を抜き、構えてみた。
剣の扱いなんて知らないけれど、男子の魂が燃え上がるのを感じる。
軽く素振りをしてみる。
何となく突きをしてみたり、払ってみたり。
悪くない感じに思えた。
剣は敵の攻撃を弾くことにも使えるし、持っておくか。
──そう思った矢先……。
「直行さんに、剣なんて似合いませんわよ♪ こちらをどうぞ」
小憎たらしい声。
振り向くと、エルマが俺を指さしていた。
暗い葡萄酒色のドレスに身を包み、手には吹き矢(筒)を持っている。
その後方にロンレア伯と、従者レモリーの姿が見えた。
俺の視線は、レモリーに釘づけになった。
「無事で良かった! レモリー」
駆け寄りたかったが、そうするわけにもいかない。
ロンレア伯の手前、礼を言うわけにもいかないのだ。
彼女が逃がしてくれたことを知られては元も子もないから。
俺は、レモリーをまっすぐに見て一礼。
その動作に、ありったけの感謝を込めた。
あと、隣にいるロンレア伯にも儀礼的な礼をした。
「ロンレア伯には感謝しています……」
「…………」
彼らは何も応えなかった。
レモリーも、とても辛そうな表情で視線をそらした。
ロンレア伯の隣に直立したまま、俺には一瞥もくれない。
「直行さん直行さん。あたくし、あたくしを無視しましたわね?」
エルマは吹き筒で俺を小突きながら、頬を膨らませている。
「悪い。レモリーとは気まずい別れ方をしてしまったので、心配してたんだ」
「痴情のもつれですか? 2人ともいい年なんだから、しっかりしてくださいよ♪」
「ああ……」
俺は生返事をして、それでもレモリーを目で追う。
彼女は口元を真一文字に結んだまま、じっと壁を眺めていた。
レモリーに何か伝えなきゃいけない……。
しかし、決闘裁判の時間は刻々と迫っていた。