124話・決闘裁判 準備
決闘裁判の開催日までに、やることはたくさんあった。
まずはエルマへの報告。
これは、俺が行かないとダメだろう。
鬼畜令嬢とまともに会話が成立するのは俺くらいしかいない。
俺は、可愛らしい聖騎士見習いのドンゴボルトを連れてエルマの接見に向かった。
もちろんロンレア伯とは顔を合わせないように、慎重に時間をずらした。
どうにか協力関係はとりつけたが、正直顔を合わせるのは嫌だ。
「エルマ! いい知らせだ」
先日見た時よりも、エルマは元気そうだった。
俺も昨夜に食べた大亀鍋にしっかり火が通っていたので、体調はすこぶる良い。
「フフッ。あたくしも直行さんも元気そうで何よりですわね♪」
エルマはそんな軽口をたたきながら、決闘裁判開催の決定を喜んだ。
「……知里さんが参加するなら♪ 負けはしないでしょう♪」
「それに、エルマの会ったことがない強力な召喚士もいるし、たぶん楽勝だ」
「相手は女騎士ですから、直行さんも燃えるのではなくて?」
「どういう意味だよ!」
ヘンな茶化し方をしたエルマを、俺は冗談っぽくたしなめる。
すると、彼女は急に神妙な顔つきになって呟いた。
「お父様が急に心変わりしたのは、直行さんの働きかけでしょう。具体的には存じ上げませんけれども。直行さんの働きに感謝いたします……」
鉄格子の向こうで、彼女は深く一礼した。
いつもの人を食った態度のエルマとは別人のような様子に、俺は戸惑ってしまった。
「それよりも彼、俺のことを何か言っていなかったか?」
「いえ全く……。ですが、お父様の翻意は直行さんのご尽力あってのことでしょう。誰も何も言いませんが、あたくしには分かりますのよ♪」
エルマはまた嬉しそうな顔になる。
いつになく素直な様子に、拍子抜けしそうになる。
「レモリーとも会った?」
「ええ。体を拭いてくれたり、下着を替えてもらいましたわ♪」
「俺のことは、何か言ってなかった?」
「何ですか直行さん、いい年して『俺のこと』『俺のこと』……自意識過剰はみっともないですわよ♪」
眉をひそめて呆れるエルマ。
この話の様子だと、俺が殺されかけたことは聞かされていないか。
ひとまず俺はホッと胸をなでおろした。
「後は当日、決闘場で落ち合うことになるな」
「そうだ直行さん、晴れて釈放された暁には、あたくし考えていることがありますのよ」
「……そういうの死亡フラグっぽいからやめとこう」
「ですわね」
そんなやりとりをして、俺はエルマの囚われている地下牢を後にした。
◇ ◆ ◇
宿屋に戻った俺は、女部屋のアンナを訪ねた。
相変わらず知里と魚面がワインを飲んでいる。
アンナは珍しくその中に入らず、書き物机に向かって自作の研究ノートを睨んでいる。
そのわきにはフラスコと試験管とアルコールランプが置かれていた。
「ちょうど良かった。アンナ女史に頼みたいことがある」
「決闘裁判には参加しない。戦う理由はわたしにはないからなッ。戦闘は門外漢でもある。後方支援専門だッ」
「頼みってのはまさにそれ。後方支援のつもりで『回復薬』と『マナポーション』を作れない?」
「は? 本格的なラボがないと量産は無理だなッ」
「2~3本でいいんだ。万が一の時のために」
飛竜部隊のリーザは知里が何とかするとして、相手の騎士の数は何人だろう。
『魚面』がいたとしても、乱戦になったら誰が怪我をするか分からない。
俺たちのメンバーに回復役はいないからな。
「分かったッ! 1万ゼニルでまとめて作ってやろうッ」
「高ぇ……」
「そうでもないぞッ。割と原価だ。考えてみろッ。ポーションとマナポ2~3本ずつだろ?」
そうか……。
マナポは1本4800ゼニルだった。
「ありがたい。アンナ女史、恩に着るよ」
俺はアンナに礼を言い、自室に戻った。
男部屋では盗賊スライシャーが大量の小銭を数えている。
「大将! お疲れ様でやす」
「けっこうくたびれたな。悪いけど先に風呂入って休むよ」
俺は着替えとタオルを持って部屋を出た。
この宿屋に風呂はなく、古代のサウナのような石風呂が隣接している。
本当はお湯に入りたかったが、法王庁ではそうもいかない。
汗を流せるだけでもありがたいと思わないと。
石風呂で体を温めた俺は、部屋に戻って寝床に入った。
籐で作られたベッドはマットレスもないので何度も寝返りを打ってしまう。
できることは皆、やった。
後は決闘裁判──。