123話・決戦前の大亀鍋
◇ ◆ ◇
ロンレア伯爵の名前で、リーザ・クリシュバルト子爵に対する決闘裁判の告訴が出された。
ちょうど、滞在先の宿屋で亀鍋を食べているところに、一報が入った。
知らせに来たのは聖騎士ジュントスの使いの見習いの子だ。
確か名前はドンゴボルド。
厳めしい名に似合わない可愛い顔の少年だった。
罪状は俺の筋書き通り『マナポーションの横取り』。
この告訴が法王庁に認められれば、正式に裁判の日取りが決まる。
しかし、気になる点もある。
「いくらロンレア伯の申し出とはいえ、天下の神聖騎士団が決闘なんて引き受けてくれるもんなのか?」
俺はドンゴボルト聖騎士見習いに言った。
負けたら騎士の面目丸つぶれだろうに……。
「ジュントス様が裏で手を回します。それにね、結構この手の決闘裁判はよく行われているんですよ」
ドンゴボルトは「心配ありません!」とばかりにガッツポーズのような姿勢を取る。
「そうなのか?」
「年に数度くらい。多くは聖騎士同士の不倫とか三角関係なんかの恋愛がらみですけどね」
「マジで? 聖職者が色恋沙汰の刃傷騒ぎなんて。あのリーザって娘も?」
亀鍋には手を付けず、種実類をアテに法王領産ワインを飲んでいた知里が、身を乗り出してきた。
意外とゴシップ好きなのかもしれない。
「まさか! リーザ・クリシュバルト子爵は厳格で清廉な方ですよ」
「ふうん……」
知里はつまらなそうに頬杖をついて、ワインを口に運んだ。
「ときに、皆さま。その香ばしい匂いは大亀鍋じゃありませんか」
「ああッ! スライシャーが買ってきてくれたッ。法王庁名物だそうだなッ」
亀の足を豪快に頬張りながら、アンナが盗賊スライシャーの背をバンバンと叩いた。
「へい! 大将たちに精を付けてもらいたく、良い塩梅の大亀を選りすぐりやした」
「良かったらアンタも食べてく? あたしの分はいいから」
「ホントですか! ボク大亀鍋が大好物なんですよ。ジュントス様があまりお好きではないようなので、なかなか口にできませんが。いいんですか? ありがとうございます! では、お言葉に甘えて! やったー!」
可愛らしい顔で満面の笑みを浮かべて、席についた。
「知里さんも食べようよ。この亀プリプリしてて美味しいよ。臭みもなくてコラーゲンたっぷりだよ。美容にもいいよたぶん」
それにしても、大亀鍋は絶品だった。
元いた世界で、スッポン鍋を食べたことはあるが、それとよく似ている。
地鶏っぽい歯ごたえだ。
下処理が良いのか、ほとんど臭みもなく旨味が濃くてゼラチン質の部分がプリプリとしていた。
骨のところも身離れが良くて、見かけよりも食べやすい。
味付けは俺の知らない魚醬だ。ナンプラーともしょっつるとも、いしるとも違う風味だ。
アンチョビペーストに近いかも知れない。
古代ローマ時代に重用され、現在は失われた伝説の魚醬ガルム。
ひょっとしたら、それに近いのではないかと思わせるような繊細さとコクがあった。
「知里さん、この魚醬のタレがいい感じだよ」
「せっかくスラサンが買ってきてくれタご馳走デスよ? 美味しイよ」
『魚面』も、美味しそうに大亀鍋に舌鼓を打っている。
彼女は肉を頬張るわけにもいかないので、亀の出汁が沁み出したスープを味わっている。
殺し屋時代と今の量産型女子時代とが結びつかず、俺は苦笑いだ。
「こないだのウナギでひどい目に遭ったし。あたしは遠慮しとく。体調不良であのリーザって娘と戦ったら不覚をとるかもしれない……」
「下痢止めならまだ在庫はあるぞッ!」
「1本8000ゼニルだったっけ?」
「アンナ、高いよ……」
それはともかく……。
俺たちは法王領産のワインを飲みながら、すっかり良い気分だ。
その様子を、聖騎士見習いは呆気にとられながら見ていた。
「皆さん、楽しそうですが、そんな余裕なご様子で大丈夫ですか? 相手は飛竜隊のリーザ・クリシュバルト子爵と飛竜部隊ですよ?」
「知里さんがいれば楽勝だよ。なぁ知里さん!」
「知里姐さん! いや、用心棒の知里先生にかかれば、チョロいもんですぜ」
俺とスライシャーが囃し立てると、知里はまんざらでもないような表情で頷いた。
ふざけているようだけど、彼女は油断していない。
大亀鍋を断ったのがその証拠だ。
ワインは飲んでいるけれど、いつもほど酔っているわけではない。
その辺はやはり、凄腕の冒険者と言われるだけのことはある。
「ちなみに言っとくと、魚ちゃんの上級悪魔が戦闘力100としたら、あたしは85、飛竜が60、リーザが50、モブ隊員が40~50くらいかな。直行は15くらい。回避だけなら40行くかな」
俺は15点かよ……。
でも、100点の上級悪魔と85点の知里と60点の飛竜が味方陣営。
これに生身の『魚面』と、ひょっとしたらレモリーも加わる可能性もある。
50点のリーザたちなら、まず俺たちの優位は確定だ。
「もっとも、ワタシの召喚術では、今は上級悪魔は呼び出せなイけどな」
「えっ?」
「魔物の召喚は呼び出して力を示し、契約する。魔神も飛竜もお前たちに斃されてしまっタ」
「……それは悪いことしたな」
「それは気にしていなイ。命がけだったので恨みっこなしダ……」
と、なると決闘裁判では魔神と飛竜は使えないのか……。
「問題なイ。まだ、とっておきの召喚魔物は健在だ」
そう言って『魚面』は亀のスープを飲み干した。




