122話・ロンレア伯に告ぐ2
「その……外套は当家の……何だ、この文字は!」
俺はロンレア伯の前に外套を差し出す。
彼はびっしりと外套に書き込まれた文字に目をやり、愕然としていた。
「父親なら、娘さんの字に見覚えがありますよね。お嬢様が神聖騎士団・天空隊所属・飛竜部隊にマナポーションを奪われそうになるまでの経緯を事細かに書いたものの複製です」
ロンレア伯は食い入るように外套の文字を読みだした。
たぶん、原本はエルマが持っているか、没収されたか分からないけれども、俺が複製を持っていて正解だった。
「これを読むと、マナポーションを飛竜部隊が横取りしようとした経緯が分かるでしょう。あなたはこれを持って飛竜部隊を訴える。決闘裁判なら、エルマの正体を知られることなく救えます」
「……何度言ったら分かる! 貴様らが神聖騎士団に勝てる保証もなしに!」
ロンレア伯は、吐き捨てるようにつぶやいた。
「いや、絶対に勝てますよ。ネコチ先生?」
「あんまりあたしをアテにしないでくれる?」
知里が苦笑いする。
「『魚面』もいるし、俺だって以前までのヘタレじゃない」
もっとも俺は、回避くらいしか得意じゃないけどな。
俺たちの会話に、ロンレア伯は頭を抱えだした。
ドン引きしたのだろうか……?
「…………」
「『当家から転生者を出してしまった罪は、生涯の恥。家をつぶしても償わなければならない。この気持ちは貴様らには分かるまい』だってさ」
知里が通訳してくれたおかげで、彼の心の内が分かった。
もっとも、理解も共感もできないけれども。
ロンレア伯は驚いた様子で口元を抑えた。
「俺は『恥知らず』なんでね。ちっとも分からない。ただ、エルマは生きようとしている。助かる道を探っている。親として、そこに力を貸す気がないなら、この話はおしまいだ」
俺は突っぱねるように言った。
「マジで? じゃあ、どうすんの直行?」
「別の手を使う。たとえば、錬金術師アンナに代理になってもらうとか、聖騎士ジュントスの後ろ盾で押し切るか、やれることは全部やる。それでもダメなら牢番を買収して脱獄させる」
こうなったら、何だって試みる。
場合によったら、危険が及ぶかもしれないが、覚悟を決めてやるしかない。
「……私がリーザ・クリシュバルト子爵を訴えたら、本当にエルマは助かるのだな……?」
絞り出すような声で、ロンレア伯は言った。
俺は黙って、力強くうなずいた。
「ああ。間違いなくいける」
「…………」
苦渋の表情で、唇をかみしめるロンレア伯。
黙ってたところで、考えていることは(知里には)筒抜けなんだけどな。
「……ロンレア伯はこう思ってる。『私が深く傷つけたこの者は、私を恨んではいないだろうか。私を陥れるんじゃないだろうか』だってさ」
なるほど……。
俺を殺しかけたことに対する後ろめたさと、復讐を恐れる気持ちがあるということか。
「ロンレア伯。あなたの俺に対する憎悪は身をもって知ってる。だけど、今はエルマの釈放を第一に考えるべきだ。違うか?」
「……そうだ」
ロンレア伯は、半ばあきらめたように頷いた。
「俺が馬車で殺されかけたことは、エルマに言うつもりはない。あなたも伝えるべきではない。レモリーにも、そう伝えて口止めしよう。話がややこしくなる」
彼を許すわけではないが、エルマ救出のための協力体制に不協和音となる芽は摘んでおく必要がある。
「ロンレア伯の心ばかり読むのはフェアじゃないので、直行の本心も伝えとくよ。『許すわけではないけど、エルマ救出のために協力する必要がある』嘘はついていないわ」
「……」
ロンレア伯は深いため息をついた。
「分かった。リーザ・クリシュバルト子爵に決闘裁判を申し出よう。我が娘エルマのために……」
まるで敗北宣言のような弱々しい声で、彼は俺の提案を聞き入れた。
◇ ◆ ◇
「エルマお嬢の父君は、自分の娘が転生者だと知ってから、ずっと罪悪感に悩んでいたんだね」
ロンレア伯が部屋を出て行ったあと、不意に知里が言った。
「あの人は心の中でずっと、ずっと苦悩していたよ……」
知里が『他心通』で見た、ロンレア伯の心の内を語った。
異界人を憎む保守派の貴族の愛娘が、異世界転生者だったと知った時の絶望と罪悪感。
それが、どれほどのものなのか俺には理解できない。
彼が冷酷な人間であったなら、エルマの正体を知った際に殺してしまう選択肢もあったはず。
そうしなかったのは、ひとえに娘を大切に思っていたからなのだろう。
家が傾くほど借金をして、法王庁の余剰物資を引き受けたのも家から転生者を出した罪滅ぼしの気持ちだったのかも知れない。
「ロンレア伯爵家という重しがなくなってしまえば、エルマお嬢は晴れて転生者として生きられる。家を滅ぼしても娘を生かす道を、彼なりに探したのかもしれないね……」