119話・エルマの涙
「あたくしに死刑判決? 何のことでしょう」
エルマはキョトンと目を丸くしている。
知らないのか……?
「法廷に遅刻した挙句、聖龍教会および法王を侮辱した大逆罪と聞いているが……?」
「はい?」
「違うのか?」
「あたくしは聖龍騎士団の飛竜部隊に対して決闘裁判を申し込んだだけです。しかも、まだ許可をいただいておりません」
「決闘裁判?」
「証拠が少なく、証人モ足りナイ事件などに補助的に用いられる裁判ダナ」
俺たちの話を後ろで聞いていた召喚士魚面が、説明してくれた。
「法じゃなくて、暴力で事を決するんだ……」
「強い者が正しいという、実にシンプルな良い制度じゃないかッ!」
日本からの被召喚者である知里は、さすがに呆れている。
一方、生粋の現地人である錬金術師アンナは、鼻息を荒くして頷いていた。
「正確には勝った者の主張を、グレーだろうが全面的に受け入れる裁判のことですけどね♪」
決闘裁判。中世ヨーロッパなどで行われていた、当事者同士が決闘して判決を下す制度だ。
現代の価値観に照らし合わせれば無茶苦茶な感じは否めないが……。
エルマはそこに打って出たいという。
「確かに遅刻もしましたが。あたくしが何を言っても、法王庁サイドとの話し合いは平行線でした。埒が明かないのでバトルで決着を付けましょう……と、決闘裁判を提案しただけですわ♪」
「ハハハッ! 面白いお嬢様だッ」
「笑い事ではありませんわ! あたくしの切実な申し出を法王庁の皆様は、やれ〝騎士団を侮辱するな〟だの〝自殺行為だ〟などと言って許可してくれませんでしたの。何度申し込んでも!」
聖龍騎士団の飛竜部隊と決闘裁判で白黒つけたい。
再三に渡って申し込んだが、許可されなかったという。
それはそうだ。
「普通に考えたら、13歳の女の子に決闘を申し込まれた騎士団は、『は?』ってなるだろ」
「何度も申し込んだら、『しつこい』ってキレられる案件でもあるわね……」
「無力な少女のやけっぱちだと思われましたの。心外ですわ!」
エルマは頬を膨らませて地団太を踏んだ。
死刑判決は、どうやら間違った情報が旧王都にもたらされた結果のようだ。
メディアもない世界では、情報は正確には伝わらない。
王国の公示などと違って、ほとんどの情報は信ぴょう性の薄い噂話に過ぎないのだ。
そんなことを俺は改めて思い知った。
「ていうか、エルマお嬢の決闘裁判、あたしとお小夜を戦力に入れて考えていたでしょ」
知里が呆れたように言った。
「盾役の小夜子さんはいませんが、矛役の知里さんとレモリーがいるので、攻撃面は問題ありませんわね♪」
「『問題ありませんわね♪』じゃねーよ!」
「あたくし信じておりましたのよ。直行さんは必ず知里さんと小夜子さんを伴って法王庁に来ると」
「……ハナから俺たちをアテにして勝手に決闘なんて申し込んで。俺たちが来なかったら、どうするつもりだった?」
「来たから良いじゃないですか♪」
エルマは口笛を吹いて誤魔化した。
一瞬、牢番たちの注意が集まり、少し緊張が生じた。
「法王庁に入るのも容易じゃなかったが、決闘裁判とは……」
それに加えエルマは知らない。
俺とロンレア伯爵家が決定的にこじれてしまったことを。
決闘裁判を行うとして、ロンレア伯が俺との共闘を承知するとも思えない。
「……シカシ、冷静に考えてみたラ、コレはチャンスだと思ウ」
「魚ちゃん、どういうこと?」
「要はワタシたちが勝利すれバ、『勝者の権利』を主張できル。皆、晴れて無罪ダ」
「実にシンプルな状況だなッ!」
「その通りですわ♪ あなた方とは初対面ですが、良いこと言いますわね!」
なぜか魚面は乗り気だが、ロンレア伯をどうにかしないとこの話は進まない。
もっとも、それはこの場ではどうすることもできない。
「短期決戦! 速攻で紅い髪の女騎士たちを殲滅しましょう♪ 直行さんもあたくしを守りながら存分に戦うのですわよ♪」
エルマは鼻息荒く気勢を上げていたが、課題は山積みだ。
ロンレア伯の件はもちろんだけど、俺がいま腹を壊していることも問題だ。
「エルマ。俺たちが来たことはロンレア伯にはまだ内密にしてくれ」
「なぜです?」
「決闘裁判をやるとして、段階を踏まなければ、法王庁も許可しない。お前は子供だし、俺は被召喚者。ここにいてはいけない人間なんだ」
「地位のある大人の力添えが必要ってことね」
知里がフォローを入れてくれた。
しかし、エルマは納得せず、口をとがらせていた。
「お父様はあたくしの言うことを聞いてくれませんでした! 『分かった対処する』って言ったのに! これまで、あたくしのお願いは何だって聞いてくれたのに、あんまりですわ!」
エルマは子供らしい泣き顔で駄々をこねた。
「直行さんが、来てくれて良かった……ううっ」
それまで耐えていた何かが弾けたように、声を上げて泣いた。
よく見ていたが、指に唾はつけていなかった。
今度はウソ泣きではなかった。
初対面の人もいる中で泣くのは、エルマらしくない。
どれほど苦しかっただろうか……。
心細かったろう……。
「この件は俺に任せろ。ただし、エルマがロンレア伯に俺のことを言ったら即アウトだ。……いいか、俺が絶対に何とかしてやる。だから俺を信じて待つんだ」
俺は、鉄格子越しにエルマの頭をそっと撫でた。
エルマは泣きじゃくりながら、何度も力強くうなずいた。
「……それにしても、直行さん、10日あまりで、別人のようになりましたわね♪」
「三国志の呂蒙が言ってたろ。士別れて三日~刮目して相対すべし」
「何のことでしょう? 異世界ネタでしたら、あたくしには厳禁ですわよ」
「おっと、そうだったな。これは失言だった」
エルマが転生者という事実は、法王庁では絶対に知られてはいけない秘密だ。
決闘裁判を勝ち抜いたとしても、ここは秘したままにしておかなければならない。
彼女もそのことは自覚しているようだ。
「何日かしたら、また来る。その時はたぶん状況が動いているはずだ」
「今度は手ぶらで来ないでくださいね♪」
「残念だけど、お楽しみは無罪を勝ち取ってからだな」
エルマの愛してやまないタピオカミルクティー。
たどり着くための道のりはまだ長い。
牢獄を後にしながら、俺は次の標的であるロンレア伯を呼び出す策を考えていた。




