11話・ミウラサキとエルマの関係
「……ところで、エルマちゃんとお連れの彼氏は、リアカーなんて引いて何やってたの?」
「見ての通り、マナポーションの移動販売ですわ。1本いかがです?」
エルマは茶化したような口調だったが、どこか歯切れが悪い感じだった。
ミウラサキの方も、少し表情が曇った。
「法王庁と貴族たちがメンツをかけて討伐戦の負担を押し付け合っている、例の事業の後始末か……」
例の事業の後始末。
その言い方は、少し引っかかった。
エルマが話してくれたことと違う認識を、彼は持っているのか?
「そういう言い方は、やめて頂けませんこと?」
「おっとゴメン。でも、困っているなら1本と言わず全部ボクが買い受けるけど?」
「いえ、当家といたしましては援助の件は正式にお断りしたはずです」
「あらら」
傍で聞いているだけなので、俺が勝手に想像するしかかないのだが……。
援助の件ということは、この青年が何らかの提案をし、そしてエルマは断ったということか。
俺には一言も言わなかったな、そんなこと。
「でもさ、言っとくけどボクに下心はないよ。それに年若いキミが危険な思いまでして売り歩くことはないと思う。言い値で買い取るからじゃんじゃん持ってきてよ~」
「……でも、援助の話は受けられません。どうしても!」
「なんでさ?」
「当家はいやしくも末代までの資格を有する伯爵家。貴公は商家出身の転生者で、大英雄ですが、貴族の地位は一代限り。この状態で援助を受けるという事は、両家の婚姻関係を意味しますわ」
「嫌だなあエルマちゃん。ボク貴族の地位になんか興味ないし。キミとの結婚にもこだわらない」
単純に縁談としてみたところウィンウィン過ぎる。
ましてや一代侯爵はあまりにもこちらに有利な提案をしてくれている。
俺がエルマの立場だったら即決して世話になる案件だが、どうなんだろう。
「じゃあさ、ボクが匿名でマナポ買い取るっていう案はどう?」
「次々と安直に提案しないでいただけます? 立場の違う者たちと、多額のお金が絡んでいるのです。バレたらコトですわ」
ただ、エルマの頑なな態度と言葉の端々から、何だか込み入った事情が透けて見えた。
ほとんど語尾に♪がつかないところをみると、彼女も追い込まれているのだろうか。
「あー、単純に助けたいんだよエルマちゃんを」
「あたくしと貴公とでは立場が違うでしょう。“速度の王”カレム・ミウラサキ一代侯爵さま。魔王討伐軍の選抜メンバーで、魔王を倒した勇者パーティの一員」
俺に説明するように、エルマは言った。
ギョッとして、ミウラサキを見た。
魔王討伐の……当事者、だと?
彼はバツが悪そうに首すじをかいている。
「言っとくけどエルマちゃんが6~7年……早く生まれてきてたら、君も間違いなく討伐メンバーだったんじゃないかな~って、思うけど」
「いい加減なことを言わないでくださいます? あたくし、戦闘用のスキルは持っていませんし♪」
「……まあ、とにかく困ったら協力するよ。ボクはエルマちゃんの味方だ」
そう言ってミウラサキは馬車に乗り込み去っていった。
「さっ、直行さん。あたくしたちも行きますわよ」
「お、おう……」
さっきの会話が気になるところだが、詳しくは語ってくれなかった。
俺は気を取り直して荷車を引き始めた。
とはいえ貴族街の工事現場でマナポーション売るのは無理っぽいな……。
土地勘もないので行く当てもなく、エルマと連れ立って適当な通りを回って歩いた。
彼女は日傘で顔を隠しながら後ろを歩いている。
…………。
俺はふと、エルマの両親の奥歯にものが挟まったような歓迎ぶりを思い出していた。
魔王を倒し、世界を平和にして技術革新を起こし続けている転生者と被召喚者。
……。
『転生者だか被召喚者だか知らねえが、てめぇらの考え方は理解できねえんだよ』
今しがた、そう吐き捨てた建築術者もいた。
──この世界は、少々複雑なのかもしれない。
◇ ◆ ◇
俺達の影はいつの間にか長く伸びている。
夕暮れ時だ。
「よりによって一番会いたくない人に会ってしまいましたわ……」
「でもお前、あのイケメン勇者パーティの主力ってすごくないか? イケるぞ、玉の輿」
「そう単純な話でもないんですよ。家が絡んでしまいますと……どちらからともなく婚約破棄の流れが見えてますわ」
現代日本から転生し、世界を救った英雄の1人で新興のセレブ・ミウラサキと、由緒ある伯爵家に生まれた幼き令嬢エルマ。
同じ転生者でも、その立場はあまりにも違う。
さっきまではずっと世の中を舐めていたようなエルマの風貌が、苦虫を噛み潰したようになっていた。
「あーもう、疲れました。直行さん、一杯付き合ってください!」
エルマが足を止めて、今度は駄々っ子のような表情で言った。
「は? お前まだお子様だろ」
「誰がお酒といいました? 前世からお酒なんてものには無縁です。とっておきの場所に連れて行ってあげますから、ついてきてください♪」
気持ちの悪いほど赤々とした夕焼けが、俺達とリアカーの横っ面を真っ赤に染め上げていた。




