117話・ジュントスの嘘と不謹慎なウナギゼリー
あれからしばらく、女性陣は聖騎士ジュントスの質問攻めにあった。
「皆さまの中で、殺し屋ってどなたなんですか? 皆さんお綺麗なのに意外です」
「上手く事が運んだ後に、こっそり教えますカラ」
「まずはエルマとの接見が先だな。話はそれからにしておこう」
のらりくらりと、話題をはぐらかして俺たちは別れた。
知里が聖騎士の心を読んだ限りでは、彼はおおむね俺たちの味方だと考えて良さそうだ。
ただ、気になる点が1つあるという……。
◇ ◆ ◇
俺たちは宿に戻ってきた。
エルマとの接見の準備が整うまで、ここで待機する。
「カンパーイ!」
「法王領のワインは美味しイ。知里ありがとウ」
「いーえ」
「知里姐さん、大事なくて良かった。いやあ肝を冷やしましたぜ」
「まあね。もう頭もいたくないし」
「後遺症はないようだなッ」
「スラサン、あの長い魚ワタシも食べたいんですケド」
「じゃあ、あっしがひとっ走り行ってきやしょう」
「スライシャー、あたしにもウナギ買ってきて」
彼女たちは宿に帰るやすでに女子会モードだ。
本来だったら、ここは男子部屋のはずなのだが……。
女性陣の宴会場所になってしまった。
ワインや燻製肉、種実類などが持ち込まれている。
何故かスライシャーまでが馴染んでいるのが少し苦々しい。
お小姓さん枠って、本当なのか?
法王庁は言ってみれば敵地のようなものなので、不用意な外出は避けなければならない。
とりあえず宿の中ならば、大丈夫だろう。
「知里さん、不謹慎なウナギもいいけど、聖騎士ジュントスの気になる嘘ってのは?」
俺は先ほどから引きずっていた疑問を、知里に投げかけてみた。
「うん。彼はバルド・コッパイ公爵家の出と言ってるけど、それは嘘みたいね」
「はい?」
「彼が直行のために上司と掛け合うつもりでいるのは間違いない。でも少しだけ、自分の出自がバレる心配をしていたのよ」
その嘘は……。
聖騎士ジュントスの立場そのものを脅かすものだ。
俺は眉をひそめた。
「……って、信用できるのかよ?」
「あたしたちではなく、法王庁を騙してるの。彼はあたしたちには嘘は言ってない。今のところ裏切るつもりも全くなさそう。むしろ浮かれてるわ」
「他人の思考が読める知里さんがそう言うなら、確かなんだろう……」
「もう少し突っ込んだ話ができれば詳しいことも分かると思うけどね。一応、頭には入れておいて」
「分かった」
想定外のリスクが生じてしまったが、それでもこの状況まで持っていけたのは幸いだ。
心配しても仕方がない。
俺もスライシャーが買ってきたウナギを食べて精を付けるとしよう。
「これウナギのゼリー寄せみたいな奴じゃない! さっきの蒸し焼きみたいなのはなかったの?」
「へえ。こっちのがオススメらしいですぜ」
それは18世紀の英国ロンドンで生まれた郷土料理によく似ていた。
ぶつ切りにしたウナギをレモン汁とスパイス&ハーブで煮凝りにしたものを冷やしたものだ。
うなぎから出たゼラチン質がゼリー状になる。
見た目がグロテスクな上に、ウナギ特有の小骨と生臭さを処理していないと、かなりクセの強いグルメ上級者向けの味となる。
他の国の食文化を否定するのは良くないものの、さまざまな国の旅行者たちの間で『衝撃的な料理』として知られており、ネットの記事になっていたり、食べてみた系の動画が上がっていたりしていた。
「……ていうかコレ生じゃない? 少し生臭いよ」
「生ってことはねぇンじゃないですかい」
「酒と一緒に食べれば、大抵のモノは美味いッ。仮にも法王庁名物だし、いただこうッ」
「えー、マジで? コレ食べるの? アンタ達、正気?」
「い、いただきまス」
……。
確かに産業革命が始まった18世紀のテムズ川と、ファンタジー世界の聖地・法王庁では自然環境が違う。
ましてや異界人の文明に否定的な法王庁だ。
きっと体に優しい自然な味に違いない。
そんなことを思いながら、俺たちは不謹慎なウナギゼリーを食した。
見た目とは裏腹に、そこまでヒドイ味ではない。
水が良いのか、気になるほど生臭いわけでもない。
ただしょっぱいゼリーのような味と触感は、人を選ぶかもしれない。
「知里姐さんも、召し上がって下せえよ」
「仕方ないわね。顔のところ以外なら、食べてみてもいいけど……」
何やかんや言いながら、俺たちは不謹慎なウナギゼリーを完食した。
とても残念なことに、翌日、俺と知里は腹を壊してしまった。
物事のタイミングとは悪い時に悪いことが重なるのが世の常だったりする。
俺がトイレで悶絶している時、聖騎士ジュントスからの使いが来たようだ。
エルマとの接見が許可されたとのこと。
最悪な体調の中で、俺はエルマと再会しなければならなくなった。