114話・性欲が強い男の特徴
俺たちはオカッパ頭の聖騎士の案内で医務室に入った。
「どうぞ、こちらのベッドに寝かせましょう」
医務室といっても、カーテンで仕切られた簡素なベッドが並んでいるだけの殺風景な部屋だ。
治療器具のようなものは特にない。
それはそうだろう、法王庁は司祭や神官など、神聖魔法の回復系の使い手には事欠かない。
この騎士も、おそらく回復は使えるはずだ。
「ふむ。こちらのお嬢さんは、貧血ですか、それとも熱中症ですかな」
聖騎士は心配そうに知里の顔を覗き込んでいる。
気のせいか、やや顔が近い。
鼻をヒクヒクさせて、知里の匂いを嗅いでいるようなそぶりにも見える。
「聖騎士どの、治療を頼めるかッ?」
「お安い御用ですとも、お嬢さん方」
アンナの一言に、オカッパ聖騎士は振り向いて、ニンマリしながら頷いた。
「ふむ。神聖なる存在の慈悲と共に光あれかし!」
彼は、大げさな動作で、知里の胸のあたりの上に手をかざして、回復魔法を試みた。
知里の貧乳の上あたりに、あたたかな光球が浮かぶ。
「ふむ。どうやら精神的なショックが原因でしょうか。じき、意識を取り戻すでしょう」
「さすがは聖戦士殿ッ。皆を代表して、感謝申し上げる」
「いえいえ。どういたしまして」
聖戦士は、舐め回すような視線をアンナに向けた。
次いで、一般人の女子っぽく変装している魚面の方を見てほほ笑む。
俺とスライシャーについては、チラリとしか見なかった。
「ふむ。ところで、皆さまはどのようなご関係ですかな。巡礼者にも見えませんし……」
聖戦士は、アンナをはじめとする3人の女性たちを見定めるように眺めていた。
何となくではあるが、この男はむっつりスケベであるような気がする……。
そんな疑念が持ち上がるのは、俺たちが司祭を誘惑して味方につけようとしているからだろうか。
「錬金術師アンナと、愉快な助手たちだッ!」
アンナはボロボロの懐中時計を開けて、立体画像の身分証を見せる。
聖戦士は、驚いた様子で改めて俺たち(主に女性陣)を、まじまじと見つめた。
「これは意外でした。タイプの違うお嬢さんたちを取り揃えていたので、拙僧はまた慰問団かと」
「慰問団ッ? 何だそれはッ?」
「聖戦士殿、お嬢さんたちを取り揃えたなんて、言い方は少し失礼なのではナイでしょうか?」
アンナは首をかしげている。
一方、ゆるフワ女子に変装している魚面が、きわめて真っ当なツッコミを入れた。
「ふむ。そちらのお嬢さんの仰る通り。拙僧の失言でした」
俺は腕を組んだまま聖騎士の顔をまじまじと見つめた。
性欲の強い男性は、外見から判別できるだろうか……?
元いた世界で美容系のアフィリエイターが書いていた記事を思い出した。
・男性ホルモンが多いため、体毛は濃いが、頭髪は薄め。
・鼻の大きさは、夜の営みの体力を表しているとか、いないとか。
・人差し指よりも薬指の方が長いという。
目の前の聖戦士には、これらの特徴がすべて当てはまった。
しかし、見た目で人を判断するのはどうかと思う。
科学的な根拠があるとは限らないし、偏見もいいところだ。
知里に助けを求めたいところだが、法王庁で人気に当てられて朦朧とする意識では、特殊スキル『他心通』でこの男の心を読むのもしんどいだろう。
無理をさせては気の毒というもの。
ここは俺が判断するしかなさそうだ。
この聖戦士、スケベなのは十中八九そうだとしても。
彼にハニートラップが有効か否か、を……。
「聖戦士殿、先ほど言いかけた慰問団についてですが……。ひょっとしたらあのことですか?」
ひとつカマをかけてみた。
慰問団なんて、俺は何一つ知らないけれど、知ってるふりをしてみた。
ちょっと含みを持たせるように言ってみたら、聖戦士は少し眉をひそめた。
「ふむ。ここではアレですな。奥に重傷者用の別室がありますので、そちらへ……」
オカッパの聖戦士は意味ありげな薄笑いを浮かべながら、ドアの向こうの奥の部屋へ。
そこは拘束具付きのベッドが一つあるだけの小さな部屋だった。
一見して小奇麗な部屋に見えるが、かすかに血の臭いがする。
床や壁には、かすかに血痕のようなものがある。
俺は少し身構えつつ、聖戦士と向かい合った。
「ふむ。そう身構えなくても大丈夫ですよ。あなたも拙僧も重傷者。仲良く腹を割って話しましょう」
オカッパ聖騎士は、声を潜めつつも下卑た笑いを浮かべていた。