112話・陰・影・礼・賛
「異世界人の好き勝手を許すな!」
「俺たちの世界は、俺たちのモノだ!」
「何が自治区だ! あそこは元々王家の領地だ」
聴衆の声は、さらに大きくなる。
魔王を倒して世界を救った勇者トシヒコは、ここでは忌み嫌われているようだ。
そして勇者一行がもたらした新しい技術や文化、それらも信者たちにとっては、唾棄すべきものとして捉えられているのかもしれない。
「おぞましい異界風の建物など、壊してしまえ!」
俺は、勇者自治区の街並みを思い出す。
某有名テーマパークのような……。
ショッピング&アミューズメントの複合商業施設のような。
それは、俺たち現代日本人には馴染みのある娯楽施設だが、中世ファンタジー風の、この世界の風景と違和感があるのは仕方がない。
聴衆の憎悪は、ロンレア伯が俺に向けたものに、とても良く似ていた。
異物に対する、本能的な拒絶反応だ。
「……思いを寄せてください。我々が歩んできた歴史、育んできた伝統に」
若き法王の伸びやかな声は、歌うようでもあった。
「わが大陸の石工が誇る、
石造りの建物の、
凛と硬く崇高で、
永遠の神が宿る、
厳粛な質感を。
そして思い浮かべてください。
異界人の勇者自治区の壁、
粉を塗り固めたニセモノの石の、
軽薄な質感を」
そのときの聴衆の共感と怒号は凄まじく、天を破らんとするばかりだった。
『他心通』の知里が、思わず呻き、頭を抱えたほどだ。
「しかし、石材一つとっても、
異なることは、当然なのです。
我々と異界人とは、
異なる世界に生まれ、
異なる歴史の流れの上で、
それぞれの文化や技術を育んだのですから」
ニセモノの石とは、コンクリートの類だと思われるが……。
悪いが、俺だって反論したい。
勇者自治区は、ヒナちゃんこと賢者ヒナ・メルトエヴァレンスの趣向が反映されたテーマパークであって、現代日本の歴史や生活様式を、そのまま反映したものではないということを。
「直行……」
俺の心を読んだらしい知里が小さく呻いたが、俺は気づかなかった。
遠くの壇上では、法王が続けている。
「粉を塗り固めた軽薄な石、
ニセモノの薄っぺらな石、
なぜ彼らは、あの石を使うのか?
理由があるはずです」
猛った聴衆たちの中、法王は静かな声のトーンで続ける。
「……親愛なる信徒たちよ。
異界人を知るべきです。
異界人が何故、
あの変幻自在で取り扱い安い、
便利な石を使うのか……。
人の手で造り出したのか。
その理由を知ってください」
しかし、熱狂した聴衆は猛り狂い、もはや聞いてはいない。
「優れた技術――。
それは我ら自身の歴史、
我らが伝統文化の延長線上にこそ、
あるべきでした。
それができれば、
歴史の大河が流れるように自然で、
我らが誇る伝統の石の彫刻のように、
独自の技術が花開いたことでしょう。
しかし、外からの異物として今、
高い技術が次々と、
雪崩のように持ち込まれ、
その魅力に多くの人の目がくらみ、
もはや逃れることができない。
異なる文明の光が、
暮らしの隅々まで入り込み、
内側からこの世界を、
我々の価値観や美意識に至るまでを、
急激に蝕み、突き崩していく、今――。
我々はどうすればよいでしょうか」
この若さ故に純粋な法王が、公認錬金術師に特権を与えた理由――。
それが俺には今、分かったような気がしたが、熱狂する聴衆の耳には入っていないだろう。
「相手を知ることです。
敵対は新たなる魔王を生みます。
安易な敵対はなりません。
勇者と魔王とは対なる存在。
魔王が異界の勇者に討たれた今こそ、
心に留めておいてください」
……!
その時だった。
知里がその場に崩れ落ち、倒れた。
「おい、大丈夫? 知里さん」
俺は急いで彼女の元に駆け寄り、声をかけた。
大丈夫、息はある。
「どうしたッ!」
「知里サン!」
「姐さん!」