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111話・法王の演説とそれぞれの思い


 第67代法王ラー・スノール。


 エルマから聞いた話では、王族出身の20歳で聡明な人物だという。

 しかも美男子という噂だ。

 もっとも、ここにいる群衆のほとんどが彼を間近で見ていないはずだ。

 画像検索はおろか、ブロマイド写真さえない世界なのだ。 


 しかし周囲は熱狂していた。

 俺も鳥肌が立つほどに、熱にうなされたような雰囲気にのまれている。

 

 群衆の視線が、ただ一点に注がれていた。

 信者でもないのに、俺の仲間たちの視線も釘付けだった。

 あのアンナでさえ、ポカンと口を開けて法王を見つめている。


「あのッ、どデカい聖龍も間近にいるというのにッ、群衆の視線の先は法王一点! これはすごいなッ!」

「……これガ聖龍教会ノ最高権力者の威光……」


 俺のいた世界のローマ教皇は、西欧カトリック教会の精神的指導者で、「地上における神の代理人」とも言われていた。


 こちらの世界の聖龍教会の教義や、法王の位置づけについては全く分からないため、単純に比較することはできない。

 しかし遠くに見えるあの少年のような法王に、人を引きつける何かがあるのは間違いないように思われた。


「……親愛なる信徒の皆さん、遠路(えんろ)よりお越しの諸侯たち、警護を務める騎士諸君……」


 法王は静かに語り始めた。


 透明感のある声だった。

 音響設備もなしに、100メートル以上も離れた場所まで声が届いた。


「こんなにザワついた中でも聞こえてる。パネェっすね」

「周辺にスピーカーもないのに、ね」


 とても聞き取れないような状況にもかかわらず、スッと耳に入ってくる。


 レモリーがやった風の精霊術による通話とは違う。

 雑踏の中、イヤホンでスピーチを聞いているような感じに近い。


「……皆、それぞれが掛け替えのない人生の時間を、私の法話のために費やしてくれたことに深く感謝します。ありがとう」


 話の途中から、静まり返っていた群衆が一斉に熱狂する。

 地響きのような歓声と、金切り声のような女性信徒の絶叫が耳をつんざくようだ。

 それでも、法王の話はクリアに響き渡った。

 頭の中に直接、声が届くような不思議な感覚だ。


「ふむッ。この感じ、知里と同じ『六神通(ろくじんずう)』使い、のようだなッ」

「同じじゃないよ。あっちのは多分『天耳通(てんにつう)』」

「声と一緒に……法王のイメージが伝わってクル」


挿絵(By みてみん)


「それはそうと『天耳通(てんにつう)』ってどんなスキル?」


 俺の問いに知里とアンナがザックリと答えてくれた。


「〝視界内のあらゆる音を聞き取ることができる能力〟……らしいけど、今やってるのは逆で、〝声を届けている〟よね?」

「これは推測だが、リバース系の術か『逆流(バックフロー)』スキルと組み合わせて、自分の声を聴衆に届けているのかもなッ」

「……ソンナ。効果範囲をここまで広げられるなんてあり得ナイ魔力量ダ……」

「魔法の有効範囲は本人の魔力量に比例するからね。やばい奴だよ」


 変身魔法で姿を変えた魚面(うおづら)は、法王を見据えて震えていた。

 知里も同感らしい。

 俺は魔法使いではないので、よく分からないのだけれども、法王がただ者でないことは分かった。


「王族出身の法王って言うから、お飾りだと思っていたけど。術師として超一級なのは間違いないね」


 知里は冷や汗を浮かべている。

 俺は、気持ちを新たに法王の演説に聞き入った。


「……本日、お話をするのは聖龍教会の信仰の対象であり、象徴でもある、聖龍さまの成り立ちと、今後の信仰のよりどころについてです」


 聖龍、か。

 俺は神殿上空を低く飛ぶ、巨大で、深海魚リュウグウノツカイ……にソックリな聖龍を見上げた。

 大きな体からは、七色の光のしぶきが舞っている。

 遠くから見た時は分からなかったが、それはもう荘厳な姿だった。


「……聖龍さまの歴史は、古代魔法王国時代よりもさらに、さかのぼると言われています。私たちの文化・歴史は聖龍さまのご加護の元に、紡がれてきたものです」


「うおおお! 聖龍さまは永久(とこしえ)なりーー!」


 群衆の中には、熱狂して叫んでいる者もいる。

 なのに、法王の声はどこまでも醒めていて静かに耳元に響いてくる。


「……聖龍さまが禍々しい瘴気や災いを食べることで、我々人の住む世界に、加護と平穏がもたらされています」


 それはエルマから聞いていたけど、俺は正直、半信半疑だ。

 なぜなら飛竜と上級魔神に襲われたとき、聖龍さまは助けに来てくれなかったから。


「……しかし1000年前よりの()し方、聖龍さまの加護が届かぬ地に、魔王とその眷属(けんぞく)が現れて、人々を苦しめるようになりました。『銀の海』以南の領土を掌握、魔王領と称し、人の治める領土を脅かしたのです……」


 魔王領か……。

 知里や小夜子たちはそこに乗り込んだのか。

 そのあたりのことは、俺は何も知らないんだよな。


「ねえ直行。法王の思考に裏はない。なるべく平易に歴史を語りたいだけ。でも、それを聞いている人は様々な解釈で受け止めているわね。本当に、人それぞれ」

 

 知里は聞き入る群衆や司祭の一人一人の心の内を探っているようだった。

 俺には分からないが、彼女はとても緊張していた。

 頬や首筋に汗が伝っている。

 

「……勇者トシヒコ氏の出現と、魔王討伐の功績によって、私たちの世界は一変しました」


 法王のその言葉に、聴衆からは怒号が上がった。

 それは、俺がエルマから聞いていた「世界を救った英雄」の話とは、全く違う反応だった。


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