109話・色か、金か? 俗物の目星
「食べながらでいいから、俺の話を聞いてくれ」
法王庁の広場前に宿をとった俺たちは、告訴のための作戦会議を行う。
とはいえ、まともに話しているのは俺だけ。
「わかった。でも、とりあえずカンパイね」
知里は生返事で、法王領産ブドウのワインをグラスに注いでいる。
他のメンバーも、めいめいが買ってきたパンや燻製肉などを取り分けていた。
「宗教都市だから精進料理みたいなものが中心かと思ったら、意外とボリュームあるし」
「あの階段っすから、精をつけないといけないんでしょうぜ」
意外と女子会に馴染んでいる盗賊スライシャー。
うなぎのような長い魚類を串に刺して蒸し焼きにしたものを美味しそうに食べている。
ちょっと見た目はグロテスクだが……。
聖龍さまに似たような魚で、不謹慎じゃないのか?
食べてみると、なるほど美味い。
うなぎの白焼きを塩で食べているような感じだ。
適度に脂身があって、クセも程よく抜けている。
贅沢を言うならわさび醤油があると最高だ。
スダチやかぼすなどの柑橘類とも合いそうだ。
串焼きを頬張りながら、俺は話を続ける。
「知里さんの読心術スキル『他心通』で話が通じそうな司祭、協力者を探したいんだ」
「はあ?」
「……他人の心をいちいち読んで回るなんて、知里サン疲れソウ」
「面倒ねえ……」
当の知里はため息をつきながら、ワイングラスを口元に運んだ。
「エルマ接見の便宜を図ってくれそうな教団関係者を探す」
「そういうことですかい、大将!」
「お人好しで親切な司祭か、買収できそうな腹黒司祭でもいい。とにかく教団関係者を一人でも味方につけたい」
「わたしの知る限りではッ、法王庁には堅物が多かった印象だがなッ!」
何度か法王庁に来たことがあるアンナは、眉をひそめた。
「……デモ、法王庁は言ってみれば敵地のようなものだカラ、敵の中に味方をつくるのは効果的だナ。ワタシを取り込んだように」
『魚面』は野菜のスープにパンを浸して、ふやけるのを待っている。
変装はしているものの、実体は顔を奪われているため、ものを食べるのに難儀しているようだ。
「ただし問題がある。明日は法王の演説があるために警備も群衆も多い。そんな中で適材を探すのは骨が折れる作業かも知れない」
俺の疑念に、知里は不敵に笑って答えた。
「かえって好都合じゃね? 法王の演説には偉い人も来てたりするし。そんな連中から、俗物の目星を付ければいい」
「俗物の目星?」
耳慣れない言葉だけど、興味を惹かれる。
「金か色をチラつかせて群衆に紛れる。差し当たっては色かな。『魚面』にちょいエロな変装をしてもらって、身分の高そうな人の前をウロウロしてもらう」
「ハニートラップ! 色仕掛けかッ」
さっきまで難色を示していたアンナが鼻息を荒くして乗ってきたのは意外だった。
「色仕掛けを、ワタシがやるのカ?」
「一応言ってみただけ。この中で顔が知られても問題ないのは『魚面』だからね。エロが嫌なら清楚系で釣るのもアリだね」
「……」
『魚面』はうつむいたまま答えない。
「ハニトラと言っても、上目遣いで気を引くだけでいい。世の中の男は大抵スケベだからね。気がありそうな素振りを見せるだけで下心が湧いてくる」
「……知里姐さんなら、相手の考えが分かるんっすもんね」
他人の思考を読み取れる『他心通』使いの知里ならではの戦術だ。
その話に、『魚面』は小さくうなずいた。
一方でアンナがさらに身を乗り出している。
「待てッ! 面白そうじゃないか! わたしにやらせてくれッ」
「アンナ……?」
「死体なら何度も解剖したことがあるが、男の心を解剖したことはないッ。実に興味深いなオイッ!」
「……イヤ。実行犯たるワタシに有利な判決を出すためにモ、誘惑はワタシに行わせてクレ」
乗り気になったアンナと『魚面』が、自分こそが! と言い争いをしている。
提案しておきながら、我関せずとワインを飲む知里。
「いっそのこと3人で誘惑したらいいんじゃないか。それぞれタイプ違うし。行けるんじゃないか?」
「ちょっと直行! 何であたしまでハニトラ要員に加えてるのよ?」
前髪ぱっつんで小柄貧乳の猫目少女・知里。
量産型美人に変装した『魚面』……。
……アンナはマニアック枠といったところか。
タヌキ顔メガネ巨乳の小夜子がいたら完璧だったが、まあ大丈夫だろう。
「各種取り揃えて御座いますって、大将はさすがに『恥知らず』のスキル持ちですな。おみそれしやしたぜ」
「法王庁でハニトラを仕掛けるとは、知里も直行も大胆な発想力だッ!」
スライシャーとアンナはしきりと感心していた。
後はこのうなぎに似た蒸し焼きでもつつきながら、作戦の詳細を煮詰めていくとしよう。