108話・潜入!
どこまでも長く、天まで続くかのような階段。
真っ白な石造りで、大理石のような模様がうっすらと浮かんでいる。
表面は硬く滑らかになっており、危険でもある。
段差があり勾配もきつい。
荷馬車は下にある馬屋に預けてきた。
「高齢の信者は絶対に昇り降りできないだろ。非バリアフリーもいいところだな」
俺たち5人は石段を踏みしめ、上がっていく。
横幅はかなり広いが、人通りは多く、混雑している。
「ホバーボード持ってくればよかった」
「知里、そんなモノひけらかしたら即・逮捕案件だからなッ!」
「転んだら即死カナ。ワタシ高いトコロ苦手……」
馬車で酒盛りをしていた女子3人組は、息も絶え絶えになっている。
酔いで目が回っていないか心配だ。
「さすがにキツイっすねえ大将?」
「何千段あるんだよ……〝こんぴらさん〟か〝久能山東照宮〟かよ」
「何すかそれ?」
……。
やっとの思いで階段を上り終えると、神殿を臨む大きな広場に出た。
敷かれた石のタイルは多くの人に踏みしめられ滑らかになっており、掃除も行き届いていた。
空中神殿だというのに水路があり、陽光を反射している。
知里は不思議そうに流れる水を見ていた。
そのわきには端正に刈り込まれた樹木が等間隔で並んでいる。
「どうやって水を持ってきてるんだろう……」
「古代魔法王国の技術を流用しているのだと聞いたがなッ」
アンナがザックリと説明した。
「見テ、聖龍さまダ!」
上空では巨大なリュウグウノツカイにしか見えない聖龍が、体をくねらせ遊泳している。
距離が近く、かつてないほど大きく見えた。
この龍の高さまで登ってきたってことか。
その光景に、信者たちからは歓声が上がっていた。
「おお、聖龍さまだあ!」
「有り難い」
「手を伸ばせば届きそうではないか!」
「法王さまのご法話に合わせて降臨なさったのやも知れぬな」
俺は特に聖龍さまへの信仰心は持ち合わせていないから、単純に「デカいな!」くらいしか感想はなかったけれども。
◇ ◆ ◇
人々の話によれば、どうやら明日、新法王ラー・スノールの定例演説があるらしい。
王族出身でまだ20歳の法王ラーには、多くの人を惹きつけるカリスマがあるようだ。
そのためか、熱心な信徒だけではなく、若い貴族の娘や旅人など多くの見物人が法王庁を訪れていた。
「すごい人出だなッ。観光地かッ」
「……あたし、人がいるところは苦手」
「ワタシも同感です。記憶を奪われる前のワタシは、どうだったんだろウ……」
大聖堂で行われる定例演説で、法王ラーを一目見たいという者が多いため、整理券のようなものを配っているという。
そのためか、教会の入口は閉鎖されていた。
「なるほど。この状況じゃエルマに接見するどころじゃないよな」
俺は出ばなをくじかれた格好だ。
「見ろッ! 教団にカネを寄進する窓口だけはチャッカリ開いているのが微笑ましいなッ!」
「直行、いくらか寄進して、エルマお嬢ちゃんの居場所を聞き出す?」
「いや、まずは宿を探そう。確か向かい側に宿舎みたいな建物があった」
「逆だッ! あっちは聖騎士の詰め所だッ」
法王庁に土地勘のあるアンナが、宿の方に案内する。
もっとも、探すまでもなかった。
大広間に面したところに、石造りの宿屋が立ち並んでいる。
どれも瀟洒な構えで、上流階級向けだと分かった。
アンナは適当に(たぶん一番近かった?)一軒を選び、ズケズケと入っていった。
「失礼ですが、爵位をお持ちの方のお連れ様でいらっしゃいますか?」
全身白づくめの、僧衣を身に着けた男が奥から出てきてアンナに尋ねた。
遠回しに俺たちの身なりを値踏みしているようだ。
「錬金術師のアンナだッ! 宿を借りたいッ!」
ここでも、錬金術師の特権を見せつけられた。
アンナの横顔が描かれたカメオ付き懐中時計は、黄門さまの印籠のように威光を発揮した。
「錬金術師様でいらっしゃいましたか! これは大変失礼いたしました。お連れの方々は従者さんでいらっしゃいますか?」
「助手だッ。資格はないが同等に扱ってくれッ!」
「そうしますと生憎と現在、特等室が満室でして、1等室しか空きがございませんが、よろしいですか?」
その言い方が少し引っかかったので、知里の方を見た。
資格持ちでなければ、特等室には泊められないということか?
彼女は小さくうなずく。
「構わないよ。なあ直行ッ?」
「ああ。俺はそれでいい」
「そんなことよりも、部屋割りは男女別にしてくれる?」
知里の提案を受け入れ、2部屋取った。
アンナによると、本来であればたとえ信徒であっても法王庁内に宿をとることは許されないのだそうだ。
大階段の下にある宿屋や、馬車を留めたスペースに野営をする者がほとんどで、上空の宿が利用できるのは、貴族か錬金術師に限られるという。
1等室と言っても、思ったより部屋は質素だった。
宗教施設だし、狭い土地に建てている以上は無理もないことかもしれない。
とりあえず荷解きをして、俺はアンナたちの部屋をノックした。
「俺は接見に関する窓口を探しに行きたいんだが。知里さんも一緒に来てくれ」
「えーっ、階段で疲れたし。あたし宿で休みたいんだけど」
「ワタシたち今、ルームサービスで食事とワインを注文したトコロ」
これから牢獄に行くかもしれないというのに、女性陣はまるで観光気分だった。
ていうか、まだ酒を飲むのかよ……。
しかも魚面まで!
「直行、アンタもどう? 街道沿いに葡萄畑が見えてたでしょう。〝血の教皇選出〟は扱ってないそうだけど、法王領のワインは絶品だというよ」
「せっかくなので、お言葉に甘えましょうぜ、大将」
後ろからスライシャーが話しかけてくる。
お前まで……。
「仕方がないなッ。じゃあ今日はもう宴会だッ!」
アンナが言うことじゃないだろう。
「分かった。ただ、裁判のこともあるから段取りはちゃんと決めておこう」
何だか引率の先生みたいだけど、せめて俺だけは気を引き締めておかないとな。
エルマに接見するためのツテは何もないのだ。
ロンレア伯は明確に敵だと判明したし……。
そういえば、レモリーが無事ならば、法王庁に入っている可能性が高い。
どこにいるのかは分からないが、そのあたりも把握しておかないといけない。
レモリーか……。
俺は、必死になってかばってくれた彼女の姿を思い出していた。