10話・速度の王ミウラサキ
「誰に断ってこんなとこで商売してるんだよ、あぁ?」
俺たちはガラの悪そうな労働者7~8人に囲まれていた。
リーダー格の建築術師をはじめとして、みな屈強な体格だ。
エルマは強気な表情で彼らを睨みつけ、不敵に笑っている。
逃げるつもりはないようだ。
彼女は13歳の若さだが、召喚魔法で異世界から俺を呼んでくるほどの術者でもある。
勝算はあるのだろう。
俺だって商売をバカにされたら黙ってはいられない。
俺は一歩を踏み出し、男たちに向かって言った。
「子供を相手に寄ってたかってみっともなくないのかお前ら? ままごとだと? こっちは真剣なビジネスだよ、訂正しろ!」
「あぁ? 何だこの野郎!」
案の定、男たちは突っかかってきた。
少し情けないけど、俺はエルマに期待のまなざしを向けた。
いわゆる「先生、あんな奴ら魔法でのしてやってくだせえ」って視線だ。
しかしエルマは困ったような顔で俺を見ていた。
「……あの、直行さん。ケンカとか強いタイプですか?」
「いや、全然」
「多分あたくしたち2人は、戦闘用スキルを持ち合わせていないので、彼らをあまり挑発しないでくださる?」
「ええっ! お前さっき『下手に出るな』とか『謝るな』って言わなかったっけ?」
「そんなこと言ってませんわ♪」
いや、絶対言った。
こうなったら逃げるしかない。
さっさとエルマを小脇に抱えて、そこの細い小道に逃げ込んだ。
大声で助けを呼びながら、集団に囲まれないように全力で走ろう。
リアカーは残念だが二の次だ。
……。
…………。
そんな風に思って駆けだしたつもりが、俺はまだ数歩しか足を運んでいないことに気付いた。
男たちもエルマの動作もスローモーションというか、コマ送りのように見える。
一体、何が起こった?
思考ばかりが加速して体がついていかない。
ひょっとしていま、時間の流れが遅くなっている、のか?
──その時だった。
明らかに異世界に馴染まないファイヤーパターンの馬車が止まっているのに気づいた。
馬車から降りてきたのは、レーシングスーツのような、つなぎの衣装を着た青年。
ちょっとイケメンだ。
こいつだけコマ送りじゃない。
しかし、どうでもいいがあの衣装ファンタジー世界には全くそぐわないな。
「何の騒ぎだい、これは」
「……ぐでっ?」
先ほどの屈強な術者と、俺たちを囲んでいた男たちが知らぬ間に地面に倒れていた。
魔法なのか特殊能力なのかは分からないけれども、ただ転ばされただけのようだ。
マンガなどでよくある超スピード。
それを生まれて初めて肉眼で見た感じで、茫然とした。
いや、加速化なのか、鈍足化なのかは分からないけれども。
このイケメンが何かしたのは間違いない。
彼は倒れた男たちには興味を示さず、まっすぐにエルマを見ていた。
「エルマちゃん、大丈夫だった?」
いかにも爽やかなイケメンボイス。
同性の俺には少し鼻につく感じだが、一部の女性に受けは良さそうだ。
エルマはまったく関心がなさそうに無表情だったけれど。
「……感謝いたします。ミウラサキ一代侯爵さま」
ミウラサキと名乗った男は、エルマの前にひざまずいて手の甲にキスをした。
でも、カッコいい感じがしないのは何故だろう。
貴族の動作としては少しぎこちないというか、無理をしている感じだ。
レーシングスーツの場違い感も関係してるのかも知れない。
エルマの方はひきつった笑顔ながら、礼儀作法も完璧な対応をした。
「……お、おい、あの人は」
「間違いねぇ。やべえ」
ようやく起き上がった建築術者とその仲間たちは、互いに顔を見合わせ、青ざめている。
ミウラサキが何者か、よく知っている風だった。
そして捨て台詞も言わないで、その場から逃げ出していってしまった。
「んー、昨今の建築ラッシュで元・冒険者や山賊くずれの荒くれ者も現場に入っているみたいだな。エルマちゃん、怖い思いをさせてしまったね」
「ミウラサキ一代侯爵さま、ご心配なく。少し煽られただけですから♪」
「ところで、そこの彼氏は?」
「九重直行です…」
俺は名乗って、彼に深く頭を下げた。
イケメンが鋭い眼光で俺を見た。
ゾッとするような緊張感が背筋を走る。
と、思ったその瞬間、彼の右手が俺の目の前に差し出されていた。
その一連の動作は、実に堂々としたものだった。
「お初にお目にかかります! 被召喚者の方ですよね? ボクの名はカレム・ミウラサキ。そのジャージ赤くてカッコいいですね! ようこそ異世界へ!」
「いやぁ、どうも呼ばれたばかりですが……」
戸惑いを隠せないまま、ぎこちない握手を交わした、その瞬間。
破顔一笑、先ほどまでの鋭い顔がウソのように朗らかになって俺の肩を叩いた。
「ねえ直行君。キミは元の世界で自動車関係か、整備士とかの人だった?」
「いや、WEB関係の人だった……」
「IT系かぁ……そっか」
イケメンの顔がみるみる曇った。
この男、分かりやすいのかな。
「ボクは今度勇者自治区に立体サーキット場を建設する予定なんだ。自動車関係の人とお知り合いになったら、ぜひボクに紹介してください」
「は、はあ……」
唐突にそんなことを言われても、俺はどう反応したらいいか分からない。
「魔王なき世界で、ボクらによる大変革の真っただ中。エキサイティングな時代だよ~。お互い頑張りましょう」
敬語とタメ口がごっちゃになった口調で早口でまくし立てる。
魔王なき世界の大変革、か……。