107話・検問を抜けて
空に浮かぶ大きな宗教都市。
パッと見ても荘厳な雰囲気を漂わせている。
宙に浮かぶ神殿には、街道からまっすぐ伸びた階段が続いていた。
「へぇ。あれが法王庁……」
「元々は1000年以上前に滅びた古代魔法王国の、空中都市の一片だったらしいなッ!」
「じゃあ、古代遺跡の跡地を利用シテ法王庁にしたのカ……」
知里と魚面は、前方にそびえる法王庁に目を奪われていた。
アンナは腕を組んで得意げに蘊蓄を述べている。
古代魔法王国の叡智はともかく……。
俺もその威容に圧倒されている。
重機もないのに、どうやって石造りの階段を正確に築いたのだろうか。
魔法だろうけど、いったいどれほどの術者と歳月をかけて造ったのだろうか。
「すげぇっすね、大将、知里姐さん。あっしら、そこに行くんですね」
「信者でもないのにね……」
「私も信者ではないが、錬金術師の公認試験と登録のため何度か行ったことがある。懐かしいッ」
馬車を御しながら子供のようにはしゃぐスライシャー。
知里は気怠そうに呟いた。
アンナは目を細めて思い出に浸っている。
皆、前方に浮かぶ神殿を眺めている。
「あそこにエルマと、レモリーがいるのか……」
死刑判決を受けたエルマは現在、そこに囚われている。
俺にとっては、運命が動く場所になるのだろう。
ちなみに空に浮かんでいる神殿が法王庁。
それ以外の地上の領地が法王領という区分だという。
「失われた空中都市……。遺跡探索を生業とする身としてみたら、宝の山だけどね」
知里は銀のワイングラスを傾けている。
盗賊スライシャーもまた、目を輝かせている。
2人の冒険者としての嗅覚が、古代遺跡に胸を高鳴らせているのだろうか。
「あの石材を空に浮かべる技術は、知里のホバーボードに使われている飛空石と同等なものだッ。失われた古代遺跡を上書きして、法王庁は出来上がっているんだなッ」
「あれ? 前の馬車、動いていなくない?」
上空の大岩に目を奪われていると、街道の混雑で馬車が止まった。
銀色の板金鎧に身を包んだ騎士たちが、街道を行く商人たちを呼び止めている。
どうやら渋滞の原因は検問のようだ。
前回はそんなことはなかったような気がするけど……。
「検問か。参ったな……」
「どうしやす、大将? 今さら引き返せないし。姐さんがたは酔ってるし」
スライシャーは心配そうに俺を見る。
俺は何列か前で検問を受けている隊商と騎士団のやりとりに注意を向けた。
「この先は法王庁だ。信者の徒なら寄進帳で名前を確認させてもらう」
「……」
隊商の面々は答えられなかったようだ。
馬車は街道から外され、重武装した騎士たちに取り巻かれた。
そんな光景を目の当たりにした今、少しばかり不安になってくる。
「たぶん……大丈夫だ。錬金術師の資格と身分証でもある懐中時計は、俺が探してアンナ先生に渡してある。だから、大丈夫」
俺は振り返ってアンナの方を見た。
「おう直行。持ってるぞーッ!」
アンナは白衣のポケットから堂々と公認錬金術師の身分証であるカメオを取り出して見せた。
それは彼女の横顔を象って作られており、蓋を開けると懐中時計にもなる代物だ。
出発の直前に俺があの汚部屋から探し出した。
やっとの思いで「発掘」したと言っていい。
「苦労したんだ。昨夜から、俺が必死で探したヤツ……」
◇ ◆ ◇
「よおし、次!」
俺たちへの検問の番が来た。
知里や魚面は後部の荷台で大人しくしている。
「何者か名乗ってもらおう。信徒には見えないが、商人か?」
数人の騎士が、明らかに警戒しながら俺たちを改めようとしていた。
寄進帳を持った数名は簡易なテーブルと椅子に腰かけて名簿をチェックすべく待機している。
「わたしは錬金術師アンナ・ハイム。この者たちは助手だッ。詳しくは申し上げられないが特命を帯びているッ!」
アンナが荷馬車から飛び降りて、騎士の前で懐中時計を開く。
錆びついて変色しかけたモノだが……。
中の文字盤は、まるで立体映像かCGのようにアンナの姿が鮮やかに浮かび上がった。
「この証は確かに公認錬金術師様! 失礼いたしました」
騎士たちが急に態度を改め、恭しく敬礼をする。
奥にいた少し偉そうな上級騎士も、槍を掲げて礼をした。
「錬金術師ハンパねぇ……っすね」
スライシャーが感嘆の声を上げた。
俺もまったく同感だ。
法王庁での錬金術師の地位はどうなってるんだ。
ボサボサの髪で黄ばんだ白衣を着こんだ酒臭いアンナが、怪しまれもせずに迎え入れられた。
理由も聞かれていない。
何はともあれ、俺たちは検問を突破して法王庁への潜入に成功した。