106話・道中の女子会
アンナの承諾を得て、俺たちは法王庁へ向かう。
馬車は古物商〝銀時計〟に借りたものを使った。
タイヤもサスペンションも付いている最新式のものだ。
御者を務めるのは盗賊スライシャー。
メンバーは俺と知里とアンナ、そして暗殺者〝魚面〟の計5人。
名目上は、錬金術師の従者ということで示し合わせた。
馬車は法王領街道を北に進んでいる。
街道を行くのはこれで3度目だが、かつてないほど混んでいた。
先へ進むにつれ、人も馬車も渋滞のように連なってきていた。
「混んでるな……何かあるのだろうか」
俺は御者席のとなりで、眉をひそめる。
そもそもここは、俺にとっては忌まわしき思い出がよみがえる場所だ。
間違いなく人生でもっとも辛い一夜を過ごした苦痛の時間が蘇ってくる。
……。
「カンパーイ!」
「法王庁に殴り込みとは、実にアナーキーでよろしいッ!」
「ワタシこの葡萄酒、トテモ美味しいナ」
「勇者自治区のワインはタンニンがまろやかで飲みやすいのよね」
後ろの荷台からは、女たちのにぎやかな声が聞こえている。
渋滞とはいえ……暢気なものだ。
異端の錬金術師と殺し屋と凄腕冒険者が、馬車の荷台で酒盛りとは。
女子会と言えば聞こえはいいが、酔狂も過ぎる。
いくらタイヤとサスペンションがついているとはいえ、酒なんか飲んだら気分が悪くなるだろう。
「あちらさん、楽しそうですな」
「ああ……」
器用に馬を御しながら、盗賊スライシャーは苦笑いした。
「ねえ大将。魚面とは一昨日、殺し合ってましたよね?」
「まあな……」
あくまでも、俺の目的はエルマの救出。
ロンレア伯への接近と、脅迫。
場合によっては裁判になるかもしれないというのに、彼女らには緊張感がなさそうだ。
魚面なんて俺に対する暗殺未遂の当事者でもあるのに……。
「法王庁にカチ込んで、エルマのお嬢を救出しようってのに。姐さん方は悠長でさあ」
「けっこうムリゲーなんだけどな……」
しかもこの救出劇は、直接の被害者(それも異界人!)と、依頼を受けた実行犯が共犯という異例のものだ。
ロンレア伯は新法王の信奉者で、保守派の貴族でもある。
普通に考えたら勝ち目なんてないのかもしれない。
法王庁は、万に一つもこちらの味方をしないだろう。
場合によっては、荒事になるかもしれない。
「それでも、俺はエルマをどうにか助け出したい。レモリーの無事も確認したい」
身勝手と言われたらそれまでかもしれないけれども……。
まだ子供ながら死刑判決を受けたエルマが不憫だ。
「勝つにせよ負けるにせよ、スッキリしたいんだ」
「気持ちは分かりやすがね、無理はしないでくだせえよ、大将」
「ああ。それに加えて今回は盾役と回復役がいないからな……」
本来であれば、最強の盾となり得る小夜子も誘ったのだが、ていねいに断られた。
〝勇者パーティ〟である自分が関与したら、間違いなく外交問題になるからという理由だ。
正論であるがために、小夜子はあきらめざるを得なかった。
「知里サン、ワタシを捕える時に、左右で違う魔法を同時に使った。信じられナイ……」
「あたしが元いた世界の文献に伝わる、偉大な〝大魔道士〟が編み出した技にヒントを得て応用したものよ」
「右手と左手で違う魔法が使えるのカ?」
「センスのない人には無理らしいけどね。あたしは〝精密動作性+3〟を詰んで、魔法銃の補助があって、やっとできたよ」
知里が得意げに話している元ネタは有名な少年マンガだ。
話に出ている〝大魔道士〟のエピソードは、胸を打つものばかりだったな。
俺も多くのことを学んだ。
けっこう昔の漫画だけど、知里はよく知っているな……。
元いた世界ではオタクだったのか?
「……!」
「痛っ! 何だよ知里さん」
知里はピスタチオのような種実類の殻を投げて、俺の後ろ頭に命中させた。
「直行は余計なこと考えなくていいよ」
「そういう言い方ないだろ。からみ酒なら女子会でやってくれよ」
「うるさい直行」
知里は顔を真っ赤にして種実類の殻を何度も投げつけてくる。
自分の必殺技の元ネタを俺が知っていたのが、恥ずかしかったのか。
「だからって知里さん、殻なんて投げてよこすなよ。酔っぱらってるのか?」
俺は近くに落ちた種実類の殻を知里に投げ返した。
「ちっ……直行め」
「お! 若さゆえのケンカか。良いな青春は。いいぞいいぞ、もっとやれッ!」
アンナは酒をあおりながら、俺たちを囃し立てている。
「待っテ。見えてきましたね。アレが……法王庁?」
俺と知里の軽い言い争いを『魚面』が止めた。
馬車の進む先には、空に浮かぶ神殿が見える。