105話・交換条件は人体実験
「入れッ! こっちだッ!」
俺たちはアンナの研究室へと通された。
相変わらず、乱雑な部屋だ。
生き物や鉱物、フラスコなどが無造作に置かれている。
しかも、薬品と生物の臭いが強烈だ。
「……あのさあアンナ。あたしはホバーボードの回収ができれば帰りたいんだけど。これのメンテ終わってる?」
異臭に顔をしかめている知里。
彼女はその辺の壁に無造作に立てかけてあった、馴染みのホバーボードを指さした。
「ああ。メンテは終わってるッ。料金は例によって魔法王国時代の遺物でいいよ」
「謝礼、何かあったかな……」
知里はジャケットのポケットから何かを取り出した。
青白く光る石。アンナの言うところの魔法王国時代の遺物だろうか。
「これでいい?」
「……発光石かあ。飛空石はないかッ?」
アンナは青白く光る石を受け取ると、その辺に置いてあった籠に投げ込んだ。
あまりにも無造作なので、俺は目が点だ。
が、知里にはおなじみの光景のようで、特に意に介してはいない。
「飛空石って、なかなか採れないけど、優先的にアンナのとこ持ってくるよ」
「良しッ。いまお茶を淹れるから、待ってろ」
「いやいや、お構いなく。あたしはすぐ帰るからマジで!」
他愛のない話を打ち切って、知里はいち早く帰ろうとしていた。
アンナがお茶の用意をしている。
もちろん急須などではなく、三角フラスコを使っている。
お茶と言うよりも、紫色の怪しげな液体だ。
ツーンとした刺激臭が鼻にまとわりつく。
俺も、帰りたいけれど、2度目の不義理をするわけにもいかない。
ここは我慢するしかない。
「ときに魚面氏。顔を奪われたと言っていたなッ。表皮仮面の下を見せてもらえないだろうか?」
変な自説とハイテンションに押されていたが、アンナは魚面に興味津々だった。
俺たちは魚面の素顔を知っている分、複雑な心境だ。
「……」
相変わらず魚面は黙ったままだが、彼女とて人の子だ。
常軌を逸したアンナの言動をどう思っているのだろう。
「嫌か。分かった話を変えよう。魚面氏、改め召喚士の人ッ。キミはMAXで何が呼べるか聞いてもいいか?」
「……」
「これもだんまりか。残念だッ。知里が凄腕と言うからには、上位悪魔、下位のドラゴンくらい呼び出せるのかな。この人1体で、いくつものスキル結晶が得られるだろうッ」
大体あってる……。
俺は飛竜と上級魔神に襲われた話をしようかとも思ったが、やめた。
アンナは好奇心に瞳を輝かせて、知里と魚面を交互に見ている。
なんか、嫌な予感がする。
「なあ。わたしが同行する条件として、彼女を検体として差し出すというのはどうだッ?」
「うわぁ……先生。人体実験はさすがにマズいですよ」
「直行、お前には聞いていないッ。魚面氏よ、どうだッ?」
お茶を勧めながら、アンナは尋ねる。
俺と知里にもお茶が振る舞われたが、ツーンとお酢のような臭いが鼻につく。
何のお茶だろう。
でも飲まないわけにもいかない……。
俺はおそるおそるカップに口をつけてみた。
「……殺すつもりカ?」
「ブーッ!」
魚面のその言葉に、俺は口に含んだお茶を吹いてしまった。
彼女はお茶のことを言ったのではなかったが、タイミングが悪かった。
俺は申し訳なさそうにうつむくより他なかった。
「違うッ! 検体といっても、命を奪うような真似はしないッ。爪とか髪の毛とか皮膚の一部などを採集させてくれたら有り難い。血液も少量いただけたら御の字だッ」
俺のカン違いとつまらないリアクションをスルーして、アンナは話を続けた。
魚面は首をかしげている。
「……なぜワタシを?」
「単純な好奇心とッ、親切心から来る取引の提案だが?」
アンナはあくまでも真面目な顔だ。
「……いいかッ。わがアンナ・ハイム研究所は、凄腕の召喚士の肉体サンプルを得るッ。魚面氏は、奪われた顔を再現できる可能性を得るのだッ!」
「……!」
「皮膚や骨格から、元々の顔を復元することは不可能ではないッ」
「本当ナノか?!」
当初は気のない様子だった魚面が身を乗り出してくる。
腕を組んで聞いていた知里が、大きく息を吐いた。
「アンナは嘘は言ってない。もともと裏表もない人だし、腹芸もできない。本気で魚面の失われた顔を復元するつもりみたいよ」
「……そうナノ!!」
知里の思考を読み取るスキル『他心通』によるお墨付きを待つまでもなく、魚面は席を立ちアンナに一礼した。
「……分かっタ。アンナ女史。是非、お願いシたい」
「ああ。こちらとしても、強力な召喚士のサンプルが手に入るッ。彼女としても、顔を取り戻す糸口になる……かも知れないッ。そして直行たちは法王庁に入るッ。保証はできないが、みんな得するわけだッ」
こうしてアンナと魚面と俺たちの、奇妙なWin-Win関係は定まった。
いざ、法王庁へ!