104話・アンナ・ハイムを説得しよう
「一緒に法王庁へ来いだとォ。理由は何だッ?」
アンナの眼光が鋭く光った。
「錬金術師が同行してくれたら、異界人でも法王庁に入れる」
「引率しろだとォ……。お前らは法王庁で何をするつもりだッ?」
俺はまっすぐに彼女の目を見た。
「法王庁に昔の仲間が捕まっている。しかし逮捕の理由は理不尽なもので、いろんな偏見や誤解や無知で話がこじれてしまっているんだ!」
これまでの経緯と事情をザックリと説明した。
・被召喚者ということで理不尽な暴力を受けたこと。
・法王領に入って、それらの真相を裁判で明らかにする必要があること。
・そのためには特権階級である、錬金術師の同行が不可欠であること。
「俺はうやむやになりそうな〝事実〟を、〝誰が何をしたのか〟を証明したい」
熱心に訴えてみた。
アンナは聞いているような、聞いてないような感じで受け流している。
「ダメだな。なるほど訳アリのようだが、わたしは研究に忙しい。お断りだッ!」
アンナは鼻息を荒くして、ドアを閉めようとした。
俺はその手をつかんで、全力で阻止する。
「そこを何とか!」
「スキル結晶の代金は踏み倒し、夕食の誘いもバックレた。挙句の果てに〝法王庁まで引率しろ〟と? ふざけるのも大概にしろォ!」
「先だっての非礼は詫びます。スキル結晶の料金も払う。同行の費用は持つし、謝礼で50万ゼニル上乗せします!」
「当たり前だァ!」
俺は研究所の軒先で、土下座をする勢いで話し続けた。
アンナは仏頂面ではあるものの、一応、ドアを閉めるのはやめて話を聞いてくれた。
「金を払うから協力しろ、という態度は気に食わないが、等価交換は錬金術の基本だッ」
「等価交換はもちろん存じ上げております!」
漫画で読んだ知識だけどな。
俺の心を読んだ知里が小さく笑った。
「明日までに金は耳を揃えて払うので何卒!」
「良しッ。だが、いいか! カン違いするな。わがアンナ・ハイム研究室の崇高な理念と、法王庁にこびへつらう守銭奴どもの錬金術師とを一緒にするのは心外だからなッ」
「俺はアンナ先生についていきます!」
だが、一通り俺の話が終わるや否や、何の脈絡もなく自身のポリシーを語り始めた。
「聞け直行! 自称〝正統派〟の連中は〝錬金術は鉱物にしか用いてはならない〟と言う。〝錬金術を生命に用いるのは言語道断〟だと? 生物も鉱物も命には変わりがないッ」
……?
何を言ってるのかよく分からないが、正統的な錬金術では人体実験はダメなのね。
俺、されちゃったけど……。
まあ、それはともかく……。
ここは話を合わせてアンナのご機嫌を取るよりほかはない。
「アンナ先生のご高説、ごもっともです!」
「そうだろうッ。確かに私は生き物の犠牲の上に研究をしているッ。しかしそれを邪道と言われる筋合いはないッ。分かるか?」
「分かります!」
「カネは明日ちゃんと金貨で持ってこいよ。忘れるなッ」
「はい!」
アンナ先生のご高説はちっとも分からないけど、彼女が変人で異端で守銭奴だということはよく分かった。
一緒に法王庁に行って、ちゃんと通してくれるんだろうか……。
少しだけ、不安にもなる。
まあ、この交渉がダメならディンドラッド商会に行けばいいか……。
「おい直行、聞いているかッ! 決して蛇もネズミも実験動物とは思っていないッ。人だと思って接している。命を弄んでいるなんてのは言いがかりだッ」
「そ、そうでしょうとも!」
実際には「うわぁ……」と思ったが、俺は一生懸命に調子を合わせた。
「彼らの尊い犠牲の上に、わが錬金術の技法は成り立っているッ。わが技術研究と実験が人の世のためになることを確信しているからだッ」
「その通りです! アンナ先生。いよっ、大錬金術師!」
「道半ばだがな。まあいい、そこの召喚士に免じて、話を聞いてやろう。上がれッ」
アンナはヒートアップして、俺たちは研究室へと通された。
最後に話を振られた魚面は、キョトンとしている。
何はともあれ、アンナの機嫌を直すことには成功したようだ。