102話・肝心なことを忘れていた
「でも直行、肝心な問題があるよ。転生者や被召喚者は法王庁には入れない」
不意に知里が切り出した。
「それな。侵入経路についてはキチンと詰めないと……」
俺は部屋を行ったり来たりしながら、打開策を考えている。
裏社会の召喚士魚面も含めて、俺たち3人とも、この世界の住人ではない。
ボンゴロ、ネリー、スライシャーの冒険者組は現地人だが、聖龍教の信者ではない。
一方、ロンレア伯爵夫妻は熱心な信者であり、貴族。
俺たちは分が悪いどころか、法王庁にも入れない有様だ。
「法王庁は立場的に勇者自治区のやり方には否定的。アンタに勇者一派とコネがあるって点もマイナス要因だからね」
「……ひとつだけツテがなくもない」
ディンドラッド商会の〝お気楽な三男さま〟を通じて法王庁に根回ししてみるか。
ロンレア家のそもそもの借金の原因をつくった商会だし。
見返りはディンドラッド商会に勇者自治区を紹介するとか……。
「コネを使って人と人とをつなげていくのが、リアルビジネスの醍醐味であり、難しさだよな」
「アンタは顔見知り程度の関係でコネだのツテだの、ある意味すごいわ」
知里の言う通り、図々しい考え方かもしれない。
「うまくいく保証はないけど、ディンドラッド商会を頼るのも選択肢の一つとしてはありだろう」
「商人は高くつくよ? たぶん」
知里はこの案には乗り気ではないようだった。
俺としては、ダメなら次の手を考えればいいと思っているけど。
その時、魚面が話に割って入ってきた。
「ワタシにもひとつ考えがある。お前たちの知り合いに公認錬金術師はいナイか?」
「え?」
「錬金術師は現法王の庇護によって多大な社会的地位と特権を与えられていル。法王庁へもフリーパスで入れるはずダ」
「なるほど、その手はアリかも!」
そう言われてみれば、エルマが言っていたな。
法王庁と錬金術師協会とは、近年、急速に結びつきを強くしていると。
一見、相反する組織同士だが、魔王討伐後は錬金術師協会への資金援助が優先的に行われているという。
それは、弱冠20歳の新法王ラー・スノールの一存であるとも言っていた。
切れ者だという。ロンレア伯は新法王の心酔者でもあるそうだ。
知里は俺を見た。
「魚面さんは嘘はついてない。そして、正確な情報かな。確かにこの世界の錬金術師は特権階級だからね」
知里のチートスキル『他心通』によって思考を読み取り、裏付けも取れた。
それにしても、〝魚面〟とは、つい先ほどまで命の取り合いをしていたとは思えない。
仲間意識、のようなものを感じた。
監禁や誘拐事件で、被害者と加害者との間に心理的なつながりができるという、ストックホルム症候群みたいなモノが発生し始めているのだろうか。
まあ、それはともかくとして……。
「錬金術師、ねえ……」
「……いるには、いるけど」
俺と知里は顔を見合わせて苦笑した。
黄ばんだ白衣を着た錬金術師アンナ・ハイム女史。
会いに行くのは、ちと気まずい。
何しろあのとき、渾身のネズミ料理を断った挙句、スキル結晶の代金を踏み倒して、逃げ帰ってしまったのだから。
「直行、アンタが行って頼んできなさいよ」
「いや俺、あの時が初対面だったし。知里さん付き合い長いんだろ?」
「アンタはスキル結晶の代金を踏み倒してるでしょ。250万だっけ?」
「知里さんだってホバーボード預けたまんまじゃん」
「アンタが持ってきてよ」
「分かった。俺が行ってくる。その代わり〝魚面〟の面倒は頼んだぞ」
「ちょっと待って。どうしてあたしが殺し屋のお守りなんて……!」
「他に人がいないじゃん」
実際には、ボンゴロ達3人がいるけど……。
虎と〝魚面〟の監視を彼らだけに任せるのは心もとない。
一瞬、小夜子の顔も頭に浮かんだが、ダメだ。
彼女の性格からして〝魚面〟の境遇に同情して、虎もろとも解放しかねない。
……。
「仕方ない。〝魚面〟も連れて3人で行こう」
「ええ~っ」
「……ワタシも行くノカ」
俺たちはやむなく3人でアンナハイム研究所へ向かう運びとなった。