101話・俺は変わったのかもしれない
「ロンレア伯を恨んでいないと言えばうそになる。でも、復讐とかざまぁしたいとも違う。しいて言えばケジメかな」
ロンレア伯がやったことは、あまりにも軽率な行動だったと思う。
結果としてエルマに死刑判決が出てしまったのも、皮肉なことだ。
「……そういえば、なんでエルマお嬢ちゃんは死刑判決なんて受けたんだろう? あたしは異界風のマスターから聞いた話だけで、真相までは分からないな……。直行は何か知ってる?」
思い出したように知里は言った。
彼女の疑問はごもっともだ。
「知らないけど、あいつのことだ、どうせろくでもない発言で法王庁を怒らせたんだろう」
「でもさ、貴族の娘だよ?」
「エルマが転生者だからだろ」
「いや、違うよ。プライバシーを暴くようで申し訳ないけど、お嬢ちゃんが転生者だってことは、ロンレア家にとっては最大級の秘密。周囲には知られていないはず」
「俺は知ってたけど……?」
「都合上、アンタにだけは知らせないわけにいかないじゃない」
じゃあ、死刑判決が出たってことは……。
「そうよ。バレたんじゃない? 法王庁に」
勇者自治区へのマナポ横流しの張本人は、貴族の皮を被った憎き転生者でした、と。
「その可能性はあるな……」
「確証はないけどね」
ロンレア親子にとっては最大のピンチか。
どの情報が正しくて、何がデマなのか確かめようもない。
「とにかく法王庁へ行ってみなければ、正確な情報もつかめない」
「……」
そんな俺たちの話を、魚面は黙って聞いていた。
「そういえば……魚面さん、まだ返事を聞かせてもらってなかったな。俺と一緒に法王庁に来てくれるか?」
俺は彼女の目の部分(穴のようになっている)をじっと見た。
表情からは、全く何を考えているか分からない。
「さっきも言ったが、虎の命を絶対に保証してクレ。それと『ヒルコ』の情報が欲しイ。コノ2つが条件ダ」
魚面の声からは、切実な思いを感じる。
顔を奪われた者が唯一、心を許せた愛虎と、顔を奪った張本人の情報。
俺は彼女の目を、まっすぐに見て頷いた。
「承知した。虎については心配するな。俺たちが留守の間は、仲間の冒険者ボンゴロが面倒を見る。あいつは気の良い奴だし」
「ソウカ……」
「あたしからも補足しておく。直行は嘘は言っていない」
知里が俺の心を読んで、裏を取ってくれた。
確証を得て、魚面が、ほっと肩をなでおろしたように感じる。
「……で、『ヒルコ』のことは俺は知らないが、エルマが知っているはずだ。無事に助けられたら、直接聞いてくれ」
「承知しタ。事が済んだラ、虎も返してクレ」
交渉成立だ。
それにしても、無理難題を押し付けられなくて良かった。
虎のエサ代は若干心配だが……。
「知里さん、魚面の拘束を解いてやってくれない?」
「分かった。この人、裏切るつもりはなさそうだから」
「…………」
そういえば……。
俺は、自称義賊のスライシャーが言っていたことを思い出していた。
──魚面を捕えたからには、俺は裏社会でも一躍名が知られた存在になる、と。
「魚面さん、あんたが今回しくじって、俺たち『頬杖の大天使』一行に捕まったことは、『銀時計』の店主を通じて裏社会に広まっちまった可能性がある」
俺の存在は知られ、魚面は、裏社会で微妙な立場になる。
「……承知していル」
もう魚面は、今までのように仕事を請け負えないだろう。
それどころか、今までの依頼者たちに、口封じで命を狙われる危険性すらある。
「魚面さんの余罪について、俺は一切問わないし、白日の下で魚面を名乗る必要もない。俺たちと一緒にいる限り、あんたの命は俺が守ると約束するよ」
「アリガトウ。ま、ワタシの方が強いけどナ」
幸いというか……。
彼女は魚面の仮面が独り歩きしているせいで、正体が知られたわけではないしな。
まあ、法王庁で万が一戦闘にでもなったら、バレちまうかもしれないが……。
「神聖騎士団に捕えられるか、裏社会に暗殺されるかの違いだナ」
「戦うだけが手段じゃない。法王庁の方は、考えられる手を尽くして篭絡してやる」
俺の中に、少しだけ熱いものがこみ上げている。
やる気のようなものだろうか。
不可能に思えることを前にして、心が躍る。
こんなことは今までの人生にはなかったことだ。
異世界に来て、俺は少し変わったのかもしれない。
「まかり間違ったら全員死刑だし、綱渡りだよ。あたし行くの嫌なんだけど?」
「俺に付いてこい。……と、言いたいところだが、これも仕事で頼みます、知里さん」
俺は手を差し出した。
不満そうにそっぽを向く知里。
俺としても、いつも頼りにして心苦しいけれども……。
「あーあ。直行のせいで、面倒なことが増えちゃった」
知里は憎まれ口を利いているが、この人は断る時はストレートに断る人だ。
付き合いは短いけれど、2度も死線をくぐった仲間でもあるのだ。
苦笑いしながら、手を重ねる知里。
「お尋ね者の被召喚者ガ、法王庁に乗り込もうなんテ、蛮勇もいいところだナ」
こんなやりとりを、魚面は物珍しそうに聞いている。
笑みを浮かべているようにも見えた。
いつのまにか、手が重ねられていた。
「ああ。そして魚面さんが無事、この案件から解放されたら虎は返す。俺はその後も正体をバラさない。恨みっこなしでいこう」
こうして、ついさっきまで命のやり取りをしていた魚面との共同戦線は成立した。
人質ならぬ虎質は取っているけれども……。