100話・エルマへの道 ★漫画付き
「最後に一つ。気になることがある」
俺は捕えた召喚士魚面に尋ねた。
「あの場に現れた神聖騎士団・飛竜隊については何か知っているか?」
「知らなイ。少なくともワタシは把握していナイ」
依頼主(おそらくロンレア伯)の側が事前に法王庁に下話をしたか……。
あるいは騎士団がたまたま騒ぎを聞きつけたのかは分からない。
「……少し、頭を整理させてくれ」
何はともあれ、魚面の依頼者はロンレア伯だ。
最初から俺の商売を妨害しようとしていたのも彼で間違いなさそうだ。
裏はない。
そうすると、一連の事件の黒幕はロンレア伯ということになる。
というか、自作自演みたいなものだ。
自分で大量に在庫を抱えておいて、借金まみれ。
娘のエルマが借金返済のために現代日本から召喚した俺を、妨害する。
意味が分からない。
何のために?
ロンレア伯は、被召喚者を憎んでいる。
俺を虫けら同然に扱い斬りつけた。
しかし転生者であるエルマのことは大切に思っていた。
死刑判決を受けた娘を助けるために、俺を捕まえて罪をかぶせる算段で法王庁に入ったんだ。
途中、レモリーの助けで逃げて来ちまったけど……。
あれからロンレア伯は法王庁で、エルマの無実を訴えたのだろうか。
エルマの死刑判決は覆ったのだろうか……?
そうだとしたら、今頃は俺が真犯人にでっち上げられているはず。
追手がくるかもしれない。
「直行、どうすんのアンタ?」
レアスキル『他心通』で、俺の思考を読んでいた知里が尋ねる。
何も手を打たなかったら、俺は罪人だ。
エルマだって、本当に助かるかどうか分かったものではない。
「レモリーだって、俺を逃がしたことがバレたら、ロンレア伯のことだ、ただじゃ済まさないだろうしな……」
俺は、打開策を探した。
……。
……。
「トコロで、ワタシをどうするつもりダ? 殺すなら構わナイが、できれば虎は逃がしてやって欲しイ」
不意に、魚面が俺に話しかけてきた。
「……そうだな。あんたも虎が大事だろうが、俺にも大切なヤツらがいる」
その時、俺はふと思いついた。
「そうだ。魚面さん。一連の事件の〝証人〟として、俺と法王庁に行ってくれないか?」
「……証人ダと?」
魚面は少し驚いた様子だった。
「協力してくれたら、虎の命は保証しよう。場合によっては裁判になるかもしれない。お互い、結果はどうなるか分からないが、虎の命だけは保証する」
「……」
「え? マジで飼うの虎を? エサ代、大変だよ?」
知里は虎の処遇に驚き、呆れている。
「ワタシを罪に問う、と?」
「いや。魚面さんを直接訴えるわけじゃない。あんたは俺の隠し玉として、法王庁に入ってくれさえすればいいんだ。裏社会のあんたを、証人として明るいところに出すつもりはない」
「……どういうことダ?」
今、法王庁にはロンレア伯夫妻がいる。
エルマの助命を嘆願しているはずだ。
「ロンレア伯を捜し出し、裏で接触して、あんたの存在をチラつかせて強迫する」
「強迫?」
「今回、騒ぎを起こした張本人は自分だと、法王庁で自白させるんだよ」
ちゃんと罪を着てもらう。当然だ。
「ムダだよ、直行。法王庁は貴族の罪を認めたりはしない。毎年、もの凄い額の寄進を受けてるんだよ? どんなシチュエーションだって罪を着せられるのはアタシたち異世界人か、貧民だけだよ」
知里の反論はもっともだ。
「じゃあ直訴するよ。裁判制度はあるんだろ? 死刑判決が出るくらいなんだから」
「直行、この世界にマトモな裁判なんてあると思わないで。確かに裁判に似た制度はあるけど、公平な判決は期待しない方がいいよ。法王庁の司法制度って、宗教裁判じゃないの? 知らないけどさ」
同じ被召喚者である彼女の言うことは正しい。
日本の司法制度とは比べ物にならないほど、この世界の裁判なんて適当なのだろう。
エルマに(たぶん暴言を吐いたか毒づいただけで)死刑判決が下されたことを考えても明白だ。
「分かったよ。裁判に期待なんてしない」
「いやアンタ、分かってないよ。逆に囚われて、処刑されるのがオチだよ。どこの馬の骨とも知れない被召喚者が、熱心な信者である貴族を罪人呼ばわりするなんて、そもそも勝てると思う?」
それは無茶かもしれないけど……。
「俺は法王庁に乗り込みたい。エルマを助けたいし、レモリーの無事を確かめたい」
望んでもいないのに、急に異世界に召喚されて。
人助けを頼まれたから、ロンレア家の借金を返すために頑張ってきたのに……。
なのに最初から俺を殺そうとしてたなんて、理不尽が過ぎるだろう。
〝マナポーションを余分に買って借金をつくった〟のもロンレア伯なら、〝殺し屋を雇ってエルマ逮捕のきっかけをつくった〟のもロンレア伯だ。
どれもこれも自分で蒔いた種じゃないか。
なのに俺を法王庁に突き出して処刑し、事態を丸く収めようだなんて。
「ロンレア伯を身代わりにして、エルマを解放してやる」
それに、エルマには借りがある。
「俺たちを助けるために、身を犠牲にして囚われてくれたんだから。借りは返さなきゃな」
だが、エルマは俺を憎むかもしれないな。
両親を救うために行った召喚が、めぐりめぐって両親の投獄につながってしまうことになっては……。
しかし、法王庁に行かなければ始まらない。
ここにいては、エルマに関する情報さえ得られないのだから。
「法王庁に行くぞ」
俺は、さまざまな思いを振り切るように宣言した。
100話到達したので挿絵をマンガにしてみました。