98話・襲撃事件の真相1
ボンゴロとネリーと合流して、俺たちは荷馬車でアジトへと戻る。
もちろん荷台には檻に入れた虎のトレバーと、拘束した召喚士で裏社会の暗殺者魚面を乗せた。
のっぺらぼうの顔には、再び仮面をかぶせた。
御者を務めるのは盗賊スライシャー。
虎の檻の前には戦士ボンゴロが座る。
暗殺者・魚面の隣には、知里と俺とネリーが座って警戒する。
「まさか魚面が女だったなんて……。予想外だお」
ゆっくりと、馬車は走り出した。
ぴっちりとしたボディスーツの曲線を見て、ボンゴロもスライシャーも心底驚いているようだ。
「しかも虎なんか連れてお。とっても目立つのに、よく今まで謎の存在でいられたお?」
ボンゴロの素朴な疑問はもっともだ。
しかし知里は、すぐにその理由を解いて見せた。
「普段から虎なんて連れてないでしょうし、たぶん女性として市井に潜伏してたんでしょうよ。ねえ?」
魚面の隣に座っていた知里が、敵の荷物から1枚の薄い肌色のマスクを取り出す。
ちょうど顔パックのような感じだ。
「『表皮仮面』ですな。吾輩も見るのは初めてだが」
「なるほど、これがあれば、自在に顔が変えられるということか」
術師ネリーが興味深そうに頷く。
俺も深く納得した。
「自在にというわけにもいかないよ。変身魔法は維持に集中力を使うし。消費MPの多い召喚術とは相性が悪い。ね?」
「……」
先程から何度となく知里は魚面に相づちを求めているようだが、彼女は無反応だ。
黙り続ける魚面が、何を考えているのかは、知里にしかわからない。
「この魚面ってのは無口な奴ですね」
「そうでもないわ。人数が増えたので取り乱してるだけだよ。ねえ?」
「……」
「喋らなくても、知里さんがいるから尋問はできる。俺は聞きたいことが山ほどあるからな。絶対に聞き漏らしはしない」
「直行の大将なら、抜かりはないでしょうな」
決意を新たにした俺に、スライシャーがこう言った。
「しかし『銀時計』の親父が言ってましたぜ。魚面を捕えたからには、〝アンタは裏社会でも一躍名が知られた存在になる〟ってね」
「〝裏社会〟か……」
殺し屋・魚面に依頼していた貴族たちや裏社会の人間たち……。
彼らの弱みを握った半面、恨みを買ったのも確かだ。
用心するより他に無さそうだな。
◇ ◆ ◇
荷馬車は、現在小夜子たち炊き出し組の調理場となっている、旧・冒険者の店にたどり着いた。
2階の宿屋だったところは、俺の寝床でもある。
部屋は余っているので、魚面は隣室に拘束しておくことにした。
虎を入れた檻は、男性陣4人で1階の酒場だった場所に運んだ。
まだ眠っているが、目覚めても大丈夫なように監視役にボンゴロを配置しよう。
ドアの前にはネリーとスライシャーを置いた。
俺と知里で尋問を行うことにする。
魚面を椅子に座らせて、仮面を取った。
顔の部分は、つるんとした肌色の球体。
改めて見ると戦慄を覚えた。
「さて。まずは単刀直入に聞こう。誰に頼まれた?」
「アンタが黙秘しても、あたしは『他心通』で心が読めるから意味ないよ」
知里は眉間にしわを寄せてすごんでみせる。
尋問は難航するかと思われたが、魚面は呆気ないほどサラッと語りだした。
「……ワタシにはこの稼業に対してポリシーも美学もナイから、話す」
表情はよく分からないけれど、その声からは諦めのような雰囲気が感じ取れた。
「はじめは単純な依頼だっタ。〝マナポーションの入った箱を、リアカーで売り歩く男を痛めつけてほしい。結果として死んでも構わない〟というものダ」
間違いなく、俺のことだ。
リアカーで売り歩いていた頃といえば、俺がこの世界に召喚されて間もない頃だ。
勇者自治区との繋がりも、まだ無かった。
「最初から俺は狙われてたのか。でも、一度も魔物にも虎にも襲われなかったぞ?」
「お前が常に人気の多い場所にいたからダ。市街地で誰にも見られず魔物を召喚して襲わせるのは難しイ」
あの頃は売るのに苦労して、人混みにいたっけな。
いや待てよ、あの頃から俺の存在を知ってた人物となると、かなり限られてこないか?
「頼んだ奴の名は?」
「名乗っていナイので分からナイが、高齢の夫婦。供は連れてなかったが、中級貴族だと思ウ」
貴族の夫婦……まさかロンレア伯夫妻か?
「途中から依頼に追加があっタ。日時が指定され、街道を封鎖して、積み荷を運ぶ隊商を襲えト。ただし、12~3歳くらいの少女は見逃すコト。絶対に傷つけてはならないと厳命されタ」
エルマだけは傷つけるな……か。
どうやら真犯人はロンレア伯と考えて間違いなさそうだ。




