9話・ファイト一択!
手入れの行き届いた芝生に、小気味の良い金槌の音が響き渡った。
クール&ビューティ従者レモリーが、一心不乱に金槌を叩いて荷車を補強している。
何とも印象にそぐわない光景だ。
精霊魔法の達人じゃなかったのかよ。
一方、俺はのぼり旗を作っていた。
古くなったシーツを分けてもらい、物干しざおと組み合わせる。
後はキャッチコピーというか、景気のいい言葉を旗に書いていけば完成だ。
作業的には女性のレモリーの方が力仕事なので、少し申し訳ない感じはした。
「つまらない光景ですわね♪」
エルマお嬢様は俺たちの作業を見比べながら、退屈そうに行ったり来たりしている。
「エルマ、暇そうにしてるならレモリーの作業を手伝ってやったら」
「……どうしてあたくしが?」
「いいえ、直行さま。お気遣い無用です。お嬢様に力仕事をさせるわけにはまいりませんから」
エルマによれば、従者レモリーは精霊術師のはずだった。
なのに、たった一人で貴族の屋敷の手入れをすべてこなす。
体力と根気は戦士の資質もあるんじゃないかと思うくらいにすごいと思う。
「レモリーは、あたくしがこの世界に転生する前からずっとこうして奮闘してくれている、別格の従者なのですよ♪」
見かけは20代半ばくらいではあるが、そうすると一体いくつなのだろう。
「はい、荷車の補強、完了しました」
ボロボロだった荷車は新しい板で補強されて、かなり良い感じに蘇った。
用意したのぼり旗をつければ、それなりの移動式屋台の出来上がりだ。
ボロボロの荷車では物も売れないだろう。
キャッチコピーは、悩んだ挙句次のようなものに決めた。
『ファイト一択! MP回復ならマナポーション』
正直パッとしないが、良いコピーを思いついたら更新すればいいだろう。
さっそく、俺は荷台に10箱くらいマナポーションの入った木箱を乗せて建築現場に向かった。
初めて異世界の街を歩いたのだが、荷車を引いているので微妙な感じだ。
「えっ? あたくしも行くんですの?」
「当然だろ」
エルマは同行を嫌がったが、異世界生活初日で移動販売ともなればトラブルも起こりうる。
貴族の令嬢を連れての販売ならば、官憲のお咎めもごまかせるかもしれない。
レモリーは浴室の掃除や洗濯など、多忙につき連れて行くわけにもいかないし。
とりあえず俺とお嬢様で何とかやってみよう。
期限までに売り切れなかったら『死』だからな……。
「はい、いってらっしゃいませ」
レモリーに見送られて、俺たちは屋敷を出た。
◇ ◆ ◇
この世界に召喚されて、初めての外出だ。
何ひとつ知らない、見たこともない街を歩くのはとても緊張する。
石畳の歩道は、思ったよりもゴツゴツしていた。
貴族街は閑散としていて、人通りはほとんどない。
たまに馬車とすれ違うくらいだ。
「MP疲れにマナポー、マナポーいかがっすかー」
俺は事前に用意した口上文を読み上げながら、街を練り歩いた。
その後ろから、日傘で顔を隠しながらエルマが続く。
ところどころにある工事現場から爆発音や建築術者たちの魔法の詠唱が響いていた。
「マナポー、今日の元気に! 活力に! 王都の明日を担う建築術者の皆さん!」
俺は声を張り上げ、調子のいい感じで工事現場を回る。
何となく視線は感じるので、声は届いていると思う。
「納期に間に合わない! そんな時はマナポ一発MP回復!」
「うるせぇバカヤロー!」
工事現場から怒号が聞こえて、術師というにはあまりにも屈強な男が姿を現した。
「お騒がせして申し訳ありません」
「誰に断って商売してるんだ、ここは貴族街。それも上級の皆様が住まうエリアだぞ」
「いやぁ、本当にスミマセン」
俺は思いっきり下手に出て平謝りだ。
しかし、エルマが飛び出してきて職人との間に割って入ってきた。
物陰に隠れて様子を伺っていたはずなのに、何故?
「あぁ? 何だこのガキは」
「直行さん。この世界ですぐに下手に出たり謝ったりするのはダメですよ。相手に殺されても文句は言えませんからね」
「無視かよ、このチビ」
「着てるもので身分が分かりませんこと? あたくしはロンレア伯爵家長女エルマ・ベルトルティカ・バートリ!」
エルマの表情が、今まで俺に見せていたものとは一変した。
傲慢で鋭い眼光は、とても13歳の少女のものとは思えない。
それはそうか、転生前もカウントすれば32歳の俺と生きてきた年月は変わらないのだから。
「当家の客人である九重 直行様に対する無礼な態度は捨て置けません」
しかし相手は少しもひるまない。
印籠をかざした水戸黄門……とはいかないようだ。
「へっ、騎士も連れねぇで、荷車を押してマナポ売って回る貴族様があるかよ。転生者か被召喚者だか知らねえが、てめぇらの考え方は理解できねえんだよ。なあお前ら!」
建築術師は眉間にしわを寄せて俺たちを睨みつけた。
いつのまにか、俺たちは屈強な男たちに囲まれている。
その数7~8人といったところか。
「お嬢ちゃん、偉そうにタンカ切ってんじゃねぇよ」
「こちとらお前ら貴族様に低賃金でこき使われてる身だぜ」
「お店ごっこのままごとなんざ他所でやれってんだ」
「お嬢ちゃんどこの令嬢って言ったっけ。誘拐して身代金取っちまうぞ?」
男たちは舌なめずりしたり、工具を突き出すそぶりを見せたりと、いわゆる「ヒャッハー!」な無軌道ぶりを全開にしている。




